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「伝統工芸品」というと、京都で暮らしていたぼくは、つくりあげられた絢爛豪華な雰囲気と、そんな雰囲気とはまったく対極の環境でものづくりに打ち込む職人の姿が思い浮かぶ。そしてしだいに哀しくなっていく。 ぼくの実家は、わかっているだけで江戸時代から六代を継いできた指物師の家だった。指物師とは、箪笥や小抽斗、箱、お膳などという木工品を作る職人のことだ。ぼくの家では茶器などを収める桐箱を主に作っていた。だが、あくまでも職人だ。作ったものが商人の手に渡って、さまざまな演出を施され、華やかに売られていくことを思うと、職人の暮らしや仕事には微塵の華やかさもない。ぼくにとって、父親の仕事のイメージは黄色い裸電球の光だった。さみしくてどこか哀しいけれど、どこか温かいんだ。 ぼくは総領の一人息子だった。周囲のひとはぼくが七代目を継ぐものと、当然のように見ていた。そのことでぼくと父親の間でもいろんなことがあった。結局ぼくは家の仕事に就かなかった。家業は六代で絶えるのだ。父親は最後の最後まで家を守るつもりなのだろう。数年前に大病を患い、体調も思わしくないのに、仕事があろうがなかろうが仕事場に通い、黄色い裸電球の下に座る。 ぼくの実家だけが特別なのではない。多かれ少なかれ、職人の仕事、仕事場というとそんなものだとぼくは思っている。このことを、ぼくは種子島で再確認した。無理かもしれないが、もし、薄っぺらなぼくの財布に値段が耐えられれば、鋏か包丁を一本と思って、土産物店に入った。ショーケースの中にはいかにも切れそうな包丁がならべられている。予想どおりどれもいい値が付いている。ケースの上には見本が何本かおかれている。小ぶりの万能包丁を手に取ってみた。 「いいでしょう。それ一本あれば野菜も魚もいけますよ」 そつなく店の主人が話しかけてくる。情けないが、ぼくはそういう状況にいたって弱いのだ。声をかけられると、手ぶらで店を出ていくのにとんでもない勇気と決断が必要になる。ましてや、「いいでしょう、いいでしょう」とたたみかけられると、いよいよ窮して、ついには「これください」とつぶやいてしまうのだ。 「どうです。重くもなく軽すぎず、ちょうどいいバランスでしょう」 たしかにそのとおりだった。柄の部分の握り具合もちょうどいい感じだ。職人の熟練の度合いが伝わってくる。こういうのを「いい仕事をしている」というのだろう。父親の口癖だった。ものを見れば、どの程度の職人が作ったかわかるというのだ。職人は名前や肩書きではない、仕事がすべてだというのもまた、口癖だった。 「鋏もいいですよ」 主人はケースの上に何本かの鋏をおいた。 ぼくは包丁を鋏に持ちかえた。 「これはね、鉄砲といっしょにヨーロッパから伝わったんですよ」 主人の口は滑らかだ。 「中間支点ていうんだけどね。だけどね、柄の部分は日本古来の鋏の様式を取り入れてるんだって」 自分でも一本取り上げて、ぼくの顔の前に突きだした。 「ほらね、対称でしょう。これって右でも左でも利き手に関係なくつかえるんだよね」 最初に右手で一回、ちょっきん、左手に持ちかえて四、五回、ちょっきん、ちょっきん。 「で、最後の秘密は、これが種子鋏の鍛冶の腕のいいところなんだ。切れば切るほど切れ味がよくなるんだ。ことさら研ぐ必要もないよ」 これはよく耳にすることだった。でも、そんなことってあるんだろうかって、ずっと思っていた。 「あるんですよ」。 待ってました、と主人の顔には書いてあった。 「打つときにね、刃先のところにほう酸と鉄粉をまぶして鋼をつなげるんです。それだけじゃないよ、刃にひねりをいれるんだね。そうするとかみ合わせがよくなって、使うたびに研いでいるという状態になる。なんせ一本ずつ手づくりするわけだから、いろんな工夫ができるということ」 持っていた鋏を開いたり閉じたり、何度かしてみた。刃と刃が合わさる時、しっかりとした手応えがあって、微かに鋭い金属音がした。いかにも切れ味がいいという感じだ。 「ねっ、いいでしょう」 ぼくは今にも「じゃあ、これください」と口をついて出そうになるのを、必死になってこらえていた。しかし、ぼくはさっきからずっとおやじのたたみかけるようなトークではなく、目の前の包丁と鋏に目を奪われていた。刀剣のように光り輝いてはいないが、その刃の鍛えられた色つやになんとも言えない温かさを感じていたんだ。そう「抜けば玉散る氷の刃」とはよく言うが、ぼくは温かさを感じていた。手を触れてみると、なんだかほんとうに温かいような気もした。 「あのう……」 おやじは完全に自分のペースに巻き込んだものと、思い込んでしてやったりという笑顔を見せた。ぼくが、いいえ、というと一瞬不機嫌な顔になったが、すぐに気を取り直したように笑顔にもどった。 「じゃあ、包丁がいいかな。目の前の万能包丁、いいですよ。それ一本で……」 ぼくはその鋏と包丁を打った職人に、どうしても会いたいと思ったのだ。どんな思いで鉄と向き合っているのか、そのひとの口から聞きたいと思ったのだ。その時父親のことを少し考えていた。 いつごろからかは忘れたが、ぼくと父親はながくおたがいを理解し合えないでいた。なにかあるとすぐにぶつかり、徹底的に言い合った。母親のことばを借りると「磁石の両極」だ。顔を合わせても五分ともたない。だけど、そのぼくにも父親の仕事のすごさはわかっていたつもりだった。なんの変哲もない、ただ四角いだけの箱を作っても、その形は厳しさと優しさをあわせもっているようなすごさがあった。そしてどんなに寒い部屋に放っておいても、触れれば温かかった。できるなら酒を酌み交わしながら、まんなかに「ものをつくる」ということをおいて、とことん話したいとも思っていた。が、今だに実現していない。だからぼくは、父親がどんな気持ちで木と向かい合っているのか、わからなかった。 「これを打った職人さんに会えませんか?」 ああ、このひとなら、と店のおやじは、こんどはぼくが手にしていた鋏を打った職人の話をはじめた。 その鋏鍛冶の家は三十七代も続いているというのだ。とてつもなくながく古い職人の系譜だ。十代目が種子島に渡り、二十一代目はあの八板金兵衛といっしょに鉄砲の国産化に成功したというのだ。それ以来代々鉄砲鍛冶として活躍したが、明治以降は種子鋏、包丁を作ってきた。その三十七代目だ。根っからの鍛冶職人にちがいない。 土産物店のおやじは職人の仕事場をていねいに教えてくれた。 「忙しいかもしれないから。もしそうだと断られるかもしれないけど、気を悪くしないで」 もしそうなら、またここにもどってくるから、と言うと、おやじはうれしそうに鋏鍛冶の由来を紹介する栞をくれた。桓武天皇の時代からはじまる由来のいちばん最後に、こう書かれていた。 種子鋏は古来より素朴、剛強にして「切るたびに磨く」と言う独特の耐久性と切れ味が特徴であり独自の伝統的技術でその命脈を保ちつつ一本一本に精魂を込め鍛えられたのがこの「種子鋏」であります。 ぼくは迫力に心を鷲づかみみにされたような気がした。なんでもない、たどたどしい文章だというひとがいるかもしれない。そんなことは問題ではない。ぼくには、時に厳しく、時に優しく子どもを育てるように大切に鉄に向かう姿が見えた。 ぼくは、鍛冶職人の仕事場へ急いだ。港のすぐそばに、鍛冶装束に身を固めた二人の男が鉄を打つ銅像が建っている。 「鉄匠 八板金兵衛清定像」と銘盤がつけられていた。時代劇の観すぎかどうか、ぼくは今も刀鍛冶たちはこんな装束を身につけ、注連縄を張った仕事場で身を清めて鉄を打っていると思っていた。まあ、装束は大袈裟にしても、少なくとも仕事場についてはそうだと思っていたのだ。三十七代目のかれの仕事場もきっとそんなだ、と。 教えてもらったあたりを何度も行ったりきたりした。だが、それらしき建物は見つからなかった。その場所には食料品店と鮮魚店に挟まれた民家しかなかった。仕方ないので店のひとにでもたずねようと食料品店に入りかけた時、鋏のマークを入れたちいさな看板が目にとまった。 種子鋏製作所 食料品店と鮮魚店の間には民家が一軒あるだけだと思っていたのだが、よく見るとそれは二棟に分かれていた。一軒は、たしかに通りに面して玄関のある、ふつうの家だった。だが、もう一方は通りと自らを遮断するかのように、鉢植えを何段にもならべていた。まるでバリケードだ。しかも入り口がどこにあるのかもわからない。窓ガラスは飛び散った鉄粉が錆びて、茶色いサングラスのようになっている。微かに蛍光灯の光が見える。 ぼくには明らかに、ひとの来訪を拒んでいるかのように見えた。ようやく見つけた入り口の前で、ぼくは木戸をたたくかどうか迷っていた。中からは小気味良い鎚の音が聞こえてくる。 どれくらいその場に立っていたかわからない。隣の家の玄関から女性が怪訝な表情で見る。その視線に追い立てられるように、ぼくは木戸を叩いた。 ようやく中から小さく返事があった。わずかに木戸が開き、仕事着の男性が顔を出した。三十七代目の彼なのだろうか。鍛冶装束なんかではない。その顔は紛れもない工場労働者のそれだった。仕事を邪魔されて不機嫌なのかもしれない。表情が険しい。奥からは規則正しい鎚の音が響いてくる。もう一人職人がいるらしい。 仕事場をのぞいた。町工場だ。ぼくは思った。自分のイメージとかけ離れていたことに、決してがっかりなどしていなかった。それとは逆に、安堵感と懐かしさを感じていたのだ。向き合っている素材、作っているものはちがっても、そこにある空気、重なっている時間は、ぼくの父親の仕事場とおなじように見えた。いちばん奥に背中を丸めて鎚をふるうひとがいた。なぜだかわからないが、顔も見えないのに、彼が三十七代目の鍛冶職人だと思った。 話を聞かせてほしいと、応対してくれた男性に告げた。が、あっさり断られた。 「きょうはいそがしいから無理だ」 ぼくはそれ以上言えず、しばらく黙って仕事場の奥の、丸めた背中を見つめた。しかし、ぼくの反応など関係ないとでもいうように、木戸は閉められた。その一瞬の隙に鎚をふるうひとがぼくを見た。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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