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資料館を出て歩きはじめた。 コンビニに入った。歩きながら食べる昼ご飯に、おにぎりでも買うつもりだった。都会でよく目にするシステマティックなコンビニとはちがい、もとは酒屋か米屋かパン屋だったのだろう、ふつうの商店の名残がのこっている。レジの前に立っているおばさんも、おきまりのユニフォームじゃなくて、セーターにエプロン姿だ。 ぼくはおにぎりを二個とペットボトル入りのお茶を一本買った。三百八十円の昼食だ。お金を払ってそれをリュックにつめ込んでいると、おばさんにたずねられた。 「どこへ行くの? 雨降りにピクニック?」 ここにたどりつくまで、もっぱら話しかけていたのはぼくの方だったが、この町では話しかけられる一方だ。それだけいなかになったということだろうか。 この町は二度目だ。まえに種子島にきた時にも、一晩だけ泊まった。その夜は宿で食事をとらずに、少し離れた居酒屋に出かけた。宿のひとは「店の集まっているところまで、けっこう距離があるから」とわざわざ車で送ろうと言ってくれた。宿で食べればいいものをわざわざ外に出ようというのだ。それでも快く送ってくれるという。しかも、この店なら安心だからと紹介までしてくれたのだ。 気のいいママさんのいるお店だった。新鮮な魚をたっぷり食べさせてもらった。ぼくが京都の人間だとわかると、 「まあまあ遠いところから大変だね」 と刺し身をよけいにサービスしてくれた。料理も酒もひとも、ぜんぶよかった。 その店には先客が四人いた。 「よっ、青年」ぼくのことだ。「つまみはなんね?」 その話は、この男が旅行や出張の客とこの店で居合わせると、きまってよく出るのだろう。まわりの客がくすくすと笑いはじめた。 「しゃきっと揚げたマメの唐揚げ!」 笑い声がはじけた。それをきっかけにして、その男は席をぼくの隣にかえた。自分の焼酎をすすめながら、あれを食え、これを食えと教えてくれた。 「あんた、仕事を探してるのか?」 Sと名乗ったその男は、もとは漁師だったが今は道路の工事現場で働いているという。漁師ではもうからないからだともいった。 「あんまりもうからなかったけどな、やっぱあ漁師がいいなあ」 Sはそう言うと、勢いよく老人の肩を叩いた。 「ええ、かならず」 ぼくはそう言って店を出た。数カ月前のことだった。 ふたたび歩き出す。三十分ほど歩いた。バスの発着所の手前で、老人が歩道に椅子を出して座っていた。なにをするでもない、ただ、通りすぎるひとと車を眺めている、それだけだった。 「こんにちは」 ぼくの姿に気づいて、老人はにこやかに言った。 「おじいさん、ぼくをおぼえてませんか」 挨拶を返すかわりにそうたずねると、しばらく不思議そうな顔でぼくを見ていた。 「いやあ。わからん」 老人の記憶は曖昧だった。 「あの店にはよく行くんですか」 ぼくがそうたずねた時、家から奥さんが顔を出した。ぼくを見て、愛想よく頭を下げる。老人は聞き取れないような声で、ぼくの問いに答えた。 「時々だね」 奥さんに聞かれてはまずいのかもしれない。すぐに話題を変えた。これから上中まで歩くと言ったら、すっと立ち上がりバス発着所の看板を指さした。 「バスに乗って行きなさい。すぐだから。そんなに高くないよ」 別れ際にぼくは彼の耳元で、小さな声で言った。 「また、あの店で」 おじいさんはうれしそうに笑った。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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