24)3:再会
 
 

資料館を出て歩きはじめた。
雨は小降りになったが、あいかわらず風は強い。
小さなプロペラ機が風の中をふらふらと降りてくる。二階建ての建物の向こうに消えた。飛行場があるんだ。だから中種子にはJAS、日本エアシステムと、JAC、日本エアコミューターの事務所がある。おなじ中種子町に、ジェット機の離着陸ができる新しい空港の建設がすすんでいる。農協のスーパーも、大きいのがあるし、コンビニもある。国道58号線はこの町のメインストリートになっている。だけど、ここの商店街はまだ、西之表のそれのようにさびれてはいない。店の数自体が少ないといってしまえばそれまでだが、どの店もけっこうにぎわっていた。それよりもなによりも、それぞれの店の前に買い物途中のおばさんたちの小さな輪ができ、おしゃべりの花が咲いていた。

コンビニに入った。歩きながら食べる昼ご飯に、おにぎりでも買うつもりだった。都会でよく目にするシステマティックなコンビニとはちがい、もとは酒屋か米屋かパン屋だったのだろう、ふつうの商店の名残がのこっている。レジの前に立っているおばさんも、おきまりのユニフォームじゃなくて、セーターにエプロン姿だ。

ぼくはおにぎりを二個とペットボトル入りのお茶を一本買った。三百八十円の昼食だ。お金を払ってそれをリュックにつめ込んでいると、おばさんにたずねられた。

「どこへ行くの? 雨降りにピクニック?」
「まあ、そんなところかな。上中まで歩こうと思って」
「へえ、なんでまた。バスが出てるのに。十六キロもあるんだよ」
「うん、知ってますよ。昨日は西之表からここまで二十六キロ歩いてきたんですよ」

ここにたどりつくまで、もっぱら話しかけていたのはぼくの方だったが、この町では話しかけられる一方だ。それだけいなかになったということだろうか。
コンビニを出ると、雨は上がっていた。心なしか風も弱くなっているようだった。

この町は二度目だ。まえに種子島にきた時にも、一晩だけ泊まった。その夜は宿で食事をとらずに、少し離れた居酒屋に出かけた。宿のひとは「店の集まっているところまで、けっこう距離があるから」とわざわざ車で送ろうと言ってくれた。宿で食べればいいものをわざわざ外に出ようというのだ。それでも快く送ってくれるという。しかも、この店なら安心だからと紹介までしてくれたのだ。

気のいいママさんのいるお店だった。新鮮な魚をたっぷり食べさせてもらった。ぼくが京都の人間だとわかると、

「まあまあ遠いところから大変だね」

と刺し身をよけいにサービスしてくれた。料理も酒もひとも、ぜんぶよかった。

その店には先客が四人いた。
少々髪の毛が心細くなりかけた中年の男と、いわくありげにその肩にしなだれかかる中年の女。店の女性と大声で話す建設労働者風の男。その話をにたにたしているおじいさんの四人だ。
建設労働者風の男がママとぼくの会話に割ってはいってきた。

「よっ、青年」ぼくのことだ。「つまみはなんね?」
「ええ、お刺し身をいただいてます」
「そうかあ、それもいいが、種子島のこの店にきたら、ぜったいにこれだけはというもんがある!」
「なんですか……」

その話は、この男が旅行や出張の客とこの店で居合わせると、きまってよく出るのだろう。まわりの客がくすくすと笑いはじめた。

「しゃきっと揚げたマメの唐揚げ!」

笑い声がはじけた。それをきっかけにして、その男は席をぼくの隣にかえた。自分の焼酎をすすめながら、あれを食え、これを食えと教えてくれた。

「あんた、仕事を探してるのか?」
「いいえ、ただ離島を旅してるだけです」
「暇なんだ。働けよ! 青年は!」
「……」

Sと名乗ったその男は、もとは漁師だったが今は道路の工事現場で働いているという。漁師ではもうからないからだともいった。
その隣ではおじいさんがうなずいている。老人はそれまでに十分飲んでいたのだろうか、ほとんどコップを持たずに、ずっとぼくとSの話に聞き入っていた。

「あんまりもうからなかったけどな、やっぱあ漁師がいいなあ」

Sはそう言うと、勢いよく老人の肩を叩いた。
老人はうれしそうに笑った。
Sは別れ際、またくることがあったらかならず連絡しろと、住所と電話番号を店の箸袋に書いてくれた。

「ええ、かならず」

ぼくはそう言って店を出た。数カ月前のことだった。
その店の前を通った。まだ、午前中だ。のれんも看板も出ていなかった。玄関にもしっかり鍵がおりていた。
あの箸袋は、手帳にはさんで持っていたが、電話はしていない。ああいうことは旅先でよくある。でも、ぼくは一度たりとも電話をかけたことがなかった。ほんとうに会いたくなったら、その店に行く。会えるかどうかはわからないけれど、それでいい。

ふたたび歩き出す。三十分ほど歩いた。バスの発着所の手前で、老人が歩道に椅子を出して座っていた。なにをするでもない、ただ、通りすぎるひとと車を眺めている、それだけだった。
それはあのSに肩を叩かれたおじいさんだった。

「こんにちは」

ぼくの姿に気づいて、老人はにこやかに言った。

「おじいさん、ぼくをおぼえてませんか」

挨拶を返すかわりにそうたずねると、しばらく不思議そうな顔でぼくを見ていた。

「いやあ。わからん」
「ほら、すぐそこの店で、ちょっと前にいっしょになったでしょ。Sさんもいっしょだった」
「そういやあ、そんなことがあったかなあ」

老人の記憶は曖昧だった。
家の前にこうやって椅子を出して、ぼうっとしているのが好きなんだという。

「あの店にはよく行くんですか」

ぼくがそうたずねた時、家から奥さんが顔を出した。ぼくを見て、愛想よく頭を下げる。老人は聞き取れないような声で、ぼくの問いに答えた。

「時々だね」

奥さんに聞かれてはまずいのかもしれない。すぐに話題を変えた。これから上中まで歩くと言ったら、すっと立ち上がりバス発着所の看板を指さした。

「バスに乗って行きなさい。すぐだから。そんなに高くないよ」
「いえ、歩きたくて歩いてるんです」
「そうかあ、それなら、まあ、気をつけて行ってらっしゃい!」

別れ際にぼくは彼の耳元で、小さな声で言った。

「また、あの店で」

おじいさんはうれしそうに笑った。

「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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