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歩きはじめから一時間半で日本一の大ソテツ、矢止石、古市家住宅を過ぎた。大ソテツはちらっと見たが、鉄骨で支えられた姿がなんとなくさみしくて、見ていられなかった。矢止石は通りすがりに文字どおり横目で見ただけ。古市家住宅は、見もせず通りすぎた。観光のために歩いているのではない。南種子、上中まであと九キロ。ゆとりを見ても三時間かからないだろう。 道端に腰を下ろしておにぎりを食べる。車で通りすぎるひとたちが、珍しそうに見ていく。が、決して止まるひとはいない。雨はすっかり上がったようだ。しかし、晴れ間はない。どんよりと分厚い雲が空いっぱいにひろがっていた。あいかわらず風は強い。南に向かうぼくにとっては追い風だ。 「どこまで?」 追い越しざまに叫ぶように言った。 「上中まで!」 そう怒鳴り返した。すると、トラクターはぼくを五メートルほど追い越したところで止まった。 「ちょっとだけだけど、乗ってくかい?」 ぼくはサトウキビの葉っぱの上に乗せてもらった。歩くでもない、車でもない。ゆっくりと国道を進んでいく。五分ほどだった。トラクターは道路沿いの牛舎の前で止まった。 「悪いな。ここまでだ。これは牛のメシだ」 ぼくはお礼に葉っぱをおろすのを手伝った。 「南種子まではもうすぐだ」トラクターのおじさんがたばこをふかしながら言った。「南種子に入ってから上中までは四キロかな。ここからだと六キロもないだろう。あとちょっとだよ」 おじさんのことばどおり、緩やかな坂を上りきると中種子と南種子の境に着いた。小さな交差点だ。通りを渡ると南種子だ。ここまでで三時間だ。 「そこじゃ寒いでしょ。中に入って火にあたりなさい」 ためらうことなく甘えることにした。 「昔はたくさんいたけどねえ。歩いて旅行してた若いひと。最近はめったにいないだろ。珍しいねえ」 島を歩いてめぐっていたひとは、かならずと言っていいほどこの店に寄っていったらしい。南種子の入り口にある。入ったところでひと休みしたいのは、だれでもおなじだと思った。 「歩いていても、声をかけるひとは少ないでしょ」 おばさんは大笑いした。 「もっていって食べながら歩きなさい」 屋久島の親戚からその日届いたばかりだというタンカンを、山ほど持たせてくれた。 「あと四キロだからね。もう一息だ」 店を出たぼくの背中を、おばさんの声が追いかけてきた。
「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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