24)5:風を背に受けて
 
 

歩きはじめから一時間半で日本一の大ソテツ、矢止石、古市家住宅を過ぎた。大ソテツはちらっと見たが、鉄骨で支えられた姿がなんとなくさみしくて、見ていられなかった。矢止石は通りすがりに文字どおり横目で見ただけ。古市家住宅は、見もせず通りすぎた。観光のために歩いているのではない。南種子、上中まであと九キロ。ゆとりを見ても三時間かからないだろう。

道端に腰を下ろしておにぎりを食べる。車で通りすぎるひとたちが、珍しそうに見ていく。が、決して止まるひとはいない。雨はすっかり上がったようだ。しかし、晴れ間はない。どんよりと分厚い雲が空いっぱいにひろがっていた。あいかわらず風は強い。南に向かうぼくにとっては追い風だ。
ふたたび歩き出す。トラクターのおじさんが後ろからやってきた。サトウキビの葉っぱを山のように積んだ小さな車を引っ張っている。

「どこまで?」

追い越しざまに叫ぶように言った。

「上中まで!」

そう怒鳴り返した。すると、トラクターはぼくを五メートルほど追い越したところで止まった。

「ちょっとだけだけど、乗ってくかい?」

ぼくはサトウキビの葉っぱの上に乗せてもらった。歩くでもない、車でもない。ゆっくりと国道を進んでいく。五分ほどだった。トラクターは道路沿いの牛舎の前で止まった。

「悪いな。ここまでだ。これは牛のメシだ」

ぼくはお礼に葉っぱをおろすのを手伝った。
すぐそばに坂井長谷のバス停があった。

「南種子まではもうすぐだ」トラクターのおじさんがたばこをふかしながら言った。「南種子に入ってから上中までは四キロかな。ここからだと六キロもないだろう。あとちょっとだよ」

おじさんのことばどおり、緩やかな坂を上りきると中種子と南種子の境に着いた。小さな交差点だ。通りを渡ると南種子だ。ここまでで三時間だ。
交差点の向こうにパン屋があった。喉が渇いていた。自動販売機でお茶を買い飲もうとした時だ。店の中からおばさんが出てきた。

「そこじゃ寒いでしょ。中に入って火にあたりなさい」

ためらうことなく甘えることにした。
話はやはり、どこからきてどこに行くのか、ということからはじまった。西之表から島間まで。その日は二日めで野間から上中まで行く途中だと話すと驚いていた。

「昔はたくさんいたけどねえ。歩いて旅行してた若いひと。最近はめったにいないだろ。珍しいねえ」

島を歩いてめぐっていたひとは、かならずと言っていいほどこの店に寄っていったらしい。南種子の入り口にある。入ったところでひと休みしたいのは、だれでもおなじだと思った。

「歩いていても、声をかけるひとは少ないでしょ」
「うん」
「昔はねえ、声をかけたり、車に乗せたりしたもんだけど、今はねえ歩いて旅してるひとなんかいないと思ってるよ。みんな」
「そうだよねえ。ぼくはちょっと変わってるのかもしれない」

おばさんは大笑いした。

「もっていって食べながら歩きなさい」

屋久島の親戚からその日届いたばかりだというタンカンを、山ほど持たせてくれた。

「あと四キロだからね。もう一息だ」

店を出たぼくの背中を、おばさんの声が追いかけてきた。
風は心地よい追い風だ。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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