![]() ![]() |
|
|||
旅に出て、いちばんやっかいなものは宿のテレビだ。 国道58号線を歩き出して三日目。種子島での終点、島間港までを歩く予定だ。あちこち横道にそれながら歩いても、十キロほどだろう。九時に出発しても、正午までには着けるはずだ。最初から今度の旅はどこか緊張感が希薄だった。いつもなら朝食をすませるとすぐに宿を出るのに、時間をはかり、部屋でだらだらと過ごすことが多かった。この日もそうだ。 何気なくテレビのスイッチを入れた。どの局もおきまりのワイドショーを流していた。ある局では、女優とタレントが何人かならび、離婚問題を抱えた夫婦の相談にのっていた。 「あなた仕事もせずにお家にいらっしゃるわけ?」 三流女優が物知り顔で、責めるでもなくたずねるでもなく、言葉をたれ流す。 「そういう暮らしは、海外では決して認められるものじゃないわ」 どこかの国の、もと大統領の第何婦人かしらないが、派手な衣裳とメイクで私が主役よといわんばかりに声を荒げる。 「おめえ、しっかりしろよ。男なんだから!」 プロレスラーのタレントが、妙に熱っぽく唸る。 ケーブルテレビ局などではがんばっているところもあると聞く。ぼくの友人で、遠く石垣島のケーブルテレビジョンで働いていたやつがいる。彼の話などを聞くと、限られた地域のなかで大切な情報、必要な情報を中心に、地域のひとたちといっしょになって、悪戦苦闘しながら番組づくりをしているメディアの姿が浮かび上がる。そんなことは小さな放送局にしかできないのだろうか。だとすれば、全国ネットでつまらないワイドショーをたれ流す巨大メディアなんていらないのじゃないか。なんのプラスにもならない。そういうワイドショーのコメンテイターほど、声高に「知る権利」をふりまわしたり、「いやなら観なけりゃあいい」などと言い放ってしまう。お粗末の極みだ。 ぼくの場合、暮らしのなかからテレビが消えても、なにも困らない。実際にそういう生活を長くしている。
「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
| 「種子島へ」INDEX |
| +++ copyrights GOHYAH-DAISUKI 2002 All Rights Reserved +++ |