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ゴーヤーもっと知りたい
 
  焼酎にぴったり ニガゴイの味噌炒め(鹿児島)

九州南端、鹿児島県もゴーヤーと食卓とのつながりが長い地域。
東南アジア原産のゴーヤーが沖縄(当時は琉球王国)、そして日本国に伝わったルートを説くのに、中国から鹿児島、そして沖縄の順である、という説と、中国、沖縄、鹿児島であるという説との二つがあります。
いずれにせよ、当時の日本国で最初にゴーヤーが上陸したのが薩摩国、鹿児島県であることには違いありません。以降300年、鹿児島の人々にゴーヤーは愛され続けているのです。

鹿児島でのゴーヤー料理、「にがごいの油炒め」「にがごいの味噌炒め」は、炒めたゴーヤーを甘味噌で練り上げる、熊本県の郷土料理「ニガウリのしぎ焼き」と同じ料理。そう、「にがごい」とはゴーヤーをさす鹿児島の方言なのです。

料理イメージこの「にがごいの油炒め」、甘味を調節すれば酒の肴にも美味しい一品です。
鹿児島は熊本とならんで焼酎の愛飲家人口の高い地域。
鹿児島と焼酎との歴史はゴーヤー以上に長いものですが、近史でいえば、明治時代、宣教のために来日し鹿児島に居住していたアメリカ人宣教師、H.Bシュワルツ氏の『薩摩国滞在記』の中にもその薩摩人の酒豪ぶりが記載されています。明治の革命家たちを輩出した鹿児島、そして日本国そのものをも深く理解し、異文化を愛したシュワルツ氏ですが、宣教師という立場、人格上、酒を飲む習慣に嫌悪感に近い強烈な印象を受けたのか、この滞在記にはここかしこに薩摩人たちが酒を飲む様子が記録されています。

「鹿児島では子供のときから酒を飲んでいる」「正体を無くすまで飲むのが常である」「素面で客を帰すようなことはホスピタリティに欠けるとみなされている」等々、まるで鹿児島全体が焼酎で浸り、桜島のてっぺんがかろうじて焼酎から頭を出しているかのような書きぶりです。

異文化体験記のような手のものは、往々にして書き手の主観による拡張表現がなされるものですから事の真偽はさておいて、それにしても、この現代に至ってもやはり鹿児島が日本有数の焼酎消費地域であることには違いありません。

「にがごいの油炒め」を傍に焼酎をやる、それはひとつの鹿児島の夏の風景ではないでしょうか。
焼酎とゴーヤー、そして「にがごい」という響き。濃くて、暑くて、力強い、鹿児島の印象にしっくりくると言うのは、あながち妄言でもありますまい。


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