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「もうすこし、この旅、つづけてみませんか」 コーヒーをすすりながら編集者のF君が言った。 「ええ、どういうことなのかなあ?」 離島への旅の記録をシリーズ化したいということなのだろうと、うすうす気づいてはいたがたずねてみた。 「鹿児島には離島がたくさんあります。でも、そこでのほんとうの暮らしを知っているひとは、鹿児島でもわずかしかいません。清水さんに見てきてもらって、伝えてほしいんです。それをシリーズにしたい」 ぼくは彼のことばに、なんとなく熱っぽいものを感じた。 「離島を紹介する本や関連する本は、山ほど出てるじゃないか」 ぼくはすこしばかり議論がしたくて、冷めたことばを返した。 「たしかにそのとおりです」 いつもは伏し目がちにとつとつと話すF君が、身を乗り出すようにして言った。 「でも、島の人間の皮膚感覚で島を伝えるものが、あまりないんです。民俗学や文化論的な切り口や、観光をあつかったものはたくさんあるけど……。どれもピンとこないんです」 「重たいな」それがぼくの感想だった。ぼくはあくまでも旅人の気楽さ、身勝手さでその土地に行き、人々の生活をかすめるようにして通りすぎているに過ぎない。ひょっとするとそこからこの国の現実が見えるかもしれない、と思ってはいるが、あくまでもぼく自身がなにを感じ、なにを考え、なにを得られるかを問題にしているのだ。まったく個人的な旅なのだ。 実際、前作「トカラへ」は、ルポルタージュではなくエッセイ集だ。トカラ列島の自然や暮らし、さまざまな事実、出来事を通して、ぼくが感じ考えたことをまとめたのだ。正確な、等身大のトカラ列島の姿ではなく、ぼく個人の見方、考え方でとらえたトカラ列島なのだ。 「ぼくはだれかの代弁者になるつもりで旅をしたり、ものを書く気にはなれない」 「もちろん、そんなつもりはありません」 F君は、「皮膚感覚」をこんなふうに説明した。 「いいこともわるいことも、島のひとが読んで、そうだそうだって思えることですよ。触れられたくないことだってたくさんあるけど、公然の秘密っていうか、だれだって知ってる。小さい社会だから、みんなが賛成してるみたいでも、実は思いがばらばらだったりとか。そんなこともふくめて、そうだそうだって思えるってことですよ。 それもまた、重い話だった。「ちょっとちがう」なにかを見つけるために、歩かなければならなくなる。 ぼくの友人に、目的はあっても計画のない壮大な放浪の旅をしてしまった人間がいる。彼は、ジョン・レノンが暗殺されたニューヨークのアパート、ダコタハウスを一目だけでも見たいといって、ロサンジェルスからニューヨークまでヒッチハイクで行き、ダコタハウスの前で一日たばこをふかして座り、またヒッチハイクでロスに戻った。そしてその旅から何年が過ぎても、一部始終を事細かに話してくれる。ぼくたちはそれを聞きながら映画を観ているような気分になったものだ。この場合、ひとはまず目的のばかばかしさにあきれ、そのために膨大な時間を浪費し、見ず知らずの土地で危険と隣り合わせの移動をしたことに、ふたたびあきれる。 ぼくの敬愛する作家戸井十月は、五大陸をバイクで走破し、「旅のプロ」を自認する。彼の旅の記録は、ぼくたちにいろんなことを、つまりぼくたちが暮らす世界の現実を教えてくれる。そして彼も、そのことを目的にしている。だが、ぼくはどうしても「旅のプロ」という言い方は好きになれない。たしかに彼の場合スポンサーを探して、金品の提供を受け旅に出るという意味では、まちがいなく「プロ」だと思うけれど……。 どちらの場合も、ぼくには到底無理な話だ。それはぼくが、目的をもつと一刻も早く達しないとだめだという、とてもせっかちな性分だからだ。 「なにかを見つけるためにっていうのは苦手だな。強いて言うなら、なぜ旅をしつづけるのかっていうのは、旅の中で見つけたいなって思うけど……。見えてくるもの以外に、なにかを見つけるためっていうのは……」 「いいえ、見えないものを見てほしいとは思いません……」 F君はそう言うと黙り込み、次に口を開いた時には別の話題を持ち出した。 「ぼくは島が大好きなんです。生まれて育ったところだから……。だから、見てほしいだけなんだ」 そんなに好きな島を、どうして彼は離れたんだろう。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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