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船は鹿児島市の北埠頭を出航して、錦江湾を南下していた。 兎追いしかの山 尋常小学校唱歌(六)「故郷」 作詞・高野辰之 作曲・岡野貞一
酒を飲んだときに友だちにこの歌が好きだと話すと、きまってみんな笑う。「女々しい奴だ」とか、「古くさい奴だ」とか、「時代錯誤か」とか、いろんなことを言われる。 「お前も鹿児島なんかにいないで、東京にでも行って、文学賞のひとつでもとって、お偉い作家先生になったらどうだ。先生、先生と呼ばれながら暮らすのもいいもんだぞ」 ぼくが悲しい気持ちになるのは言うまでもない。 こころざしをはたして この歌がだめだというひとは、この「志をはたして いつの日にか帰らん」というところを問題にしている。立身出世を果たして、故郷に錦を飾るというやつだ。「志をはたす」というと、どうしても「出世」になり、競争社会での勝ち組をイメージするようだ。とくに良識派を自認するひとにはその傾向が強い。東京の大学、この場合はもちろん東京大学を頂点にしたランクが大切になるけれど、大学を出て一流企業に就職あるいは公務員キャリア組になる。そして中央で活躍し、時々鹿児島に戻ってくる。まあ、エリートを絵に描いたような歌に思えるのだろう。 たとえ「出世」であっても、自分の夢を実現し、親や兄弟や友人のいる故郷に錦を飾るというのはいけないことなのだろうか。ぼくにはわからないけれど。 ある友人が吐き捨てるように言った。 別の友人はこうも言った。 こんなふうに言う友人もいた。 東京の連中は、地方を見下している。鹿児島なんて、いなかだと思っている。エリートづらしやがって。そんな感じかなあ……。 東京で活躍する何人かの鹿児島出身のひとと話したことがある。 東京に出てきた動機は、「進学」と「就職」がすべてだった。 「そりゃあ、生まれ育った土地だからね。遠く離れたって愛着はあります。でも、決して見下すなんて気分はない。山の色や海の色、よくおぼえています」 そして東京での暮らしが、故郷の見方を変えていく。 「今はまったくそのつもりはないが、仕事の第一線を退いたあと鹿児島に帰ろうかなと考えるかもしれない」 何人かは将来Uターンする可能性についてさえ語った。 ぼくは、東京を中心にした価値観、この国の在り方がいいとは思わない。しかし、この国が今そうなっているのも事実だ。そのことに対して自分の視野をひろげようともせず、お国自慢の延長のような調子でそんな国の在り方を非難したり、希望に燃えて東京に向かう若者を揶揄したりするのはどうかと思う。 「子どものころは、種子島がいやでいやで、高校を卒業したら絶対に島を出るって決めていました」 出発前にF君は、種子島の話をしてそう言って、照れたように笑った。彼は島の高校を卒業するとためらうことなく東京の大学に進学した。 「都会を見てみたかったんですよ。でも、見たからといって、どうということはなかった」 島のなにがいやだったのだろう。 「なにがって……」 F君は考え込んだ。 彼が生まれ育った種子島南種子町。鉄砲を伝えたという南蛮船が漂着した門倉岬は、目と鼻の先だ。種子島の中でも、いちばん自然豊かな場所だという。 「言い換えたら『いなか』ですよね。でもね、小学生くらいまではなにもいやだとは思わなかった。自然児みたいに走りまわってましたよ。逆に大好きなくらいだった」 だが、中学校に進み次第に生活圏がひろがると、F君の目は北に向いていく。生まれ育った集落、地域からより大きな町、より大きな都市へと関心が向いていくのだ。ひとが成長する過程でまったくあたりまえのことだ。西之表市の高校へ通うようになったころ、その気分は決定的になる。 「気分から入ったかもしれない。『いなかはイヤだ』っていう。だから、大学はあたりまえのように東京だった」 大学へ行くために島を出るというのは、島の外で暮らすということを意味するのだろうか。 「ぼくの場合はそうだった。親も、帰ってきてもいい仕事はないぞって言うし。この島で生きていくとしたら、どんな道があるかってあまり深くは考えなかった。その当時はね」 彼は今、鹿児島市内で暮らし、両親も島をあとにしすぐ近くにいる。 「でも、故郷なんだよね。生まれて育った場所だから……。それがそのままの形であるっていうことは、帰るとか帰らないじゃなくて、とても安心できることなんです」 あれほどいやだった島に、F君はちょくちょく帰っている。鹿児島県下、離島の市町村の広報を担当していることもあるが、種子島に出張したときには必ずと言っていいほど、生まれ育った家があった場所を訪れるという。 「別になにをするというわけでもない。その場所に立って、たばこをふかして、ぼうっとしてるだけですよ」 彼の故郷の山は青く、水は美しいにちがいない。F君の照れたような笑いを見て、ぼくは彼の生まれた場所に行ってみようと思った。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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