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F君が案内してくれた彼の実家跡は、集落の南の外れにあった。 「新築の家はね、道路の拡幅工事で補償金をもらって土地を差し出し、その金で家を建て替えた」 彼は、なんとなく冷めた目で、沿道の家々を見ていた。 「きれいだねえ」 彼はぼくのひと言をうれしそうに聞き、何度もうなずいていた。 「ふうん、小さい子どもまで……。大変なんだねえ」 「うん。でもやったことのある者にしか、わかりませんよ。ほんとに大変なんだから」 自慢だ。ぼくには彼の思いが手に取るようにわかった。ぼくにだって記憶がある。身にふりかかる出来事が過酷であればあるほど、それを乗り切ったことが自慢になるんだ。子どものころは怪我だって自慢になるのだ。同級生が腕や足を包帯でぐるぐる巻きにして学校に来ると、もうヒーローあつかいだった。怪我をした原因や、ようすや、病院での処置を根掘り葉掘り聞き出したものだ。幼児性が抜けきっていないのか、ぼくは今だってそうだ。旅の話をして、 「大変な旅をされたんですねえ」 などと言われた日には、もう、うれしくて顔がほころびるのをどうやってごまかそうかと、大慌てするくらいだ。 「でもやったことのある者にしか、わかりませんよ」 という彼のことばの裏には、俺たちは子どものころから働いていたんだという思いが強く込められているようだ。ぼくが作業のことをどうのこうのと批評するのを、暗に拒んでいるようだった。彼はサトウキビの植え付けから下草刈り、刈り取り、そして出荷までをていねいに説明してくれた。まるで遊びの手順、ルールを説明する、そんな雰囲気すら感じられた。 「立ち退きの補償金をもらって、家を建てなおすことがそんなに悪いことなのかねえ」 「似合わないよ」 彼はしばらく考えて吐き捨てるように言った。 「なんだ、ひとが補償金をもらったって家を新築したっていうのが、妬ましくておもしろくないのかい?」 なかば茶化してたずねてみた。 「まさか」 ばかにするなという目で彼はにらんだ。 「じゃあ、なにが似合わないんだ?」 「子どものころから好きだった景色……」 彼は突然口をつぐんだ。 「どうしたんだい?」 「うん……。だって、もうよそ者だから」 彼の思いはなんとなく伝わってきた。 だけど、ぼくが大好きだった京都の風景、風情は、確実になくなっている。京都らしさがなくなっているのだ。京都は東京や横浜、名古屋、大阪などのように、機能を最優先した近代的な都市になる必要はない、とぼくは信じている。でも、それは今京都で暮らしているひとたちが決めることなんだと言われれば、なにも言えなくなる自分がさみしい。心の奥底の方で、 「いや、京都は日本の宝なんだ」 と思ってみても、やはりその場で暮らしているひとの意思は重いと思うからだ。ただしそれが、そこで暮らす大多数のひとの意思を表しているとすればだが。 「うん、よそ者だから、なんとも言えないな」 もう一度そう言うと、彼は深い溜息をつき、道路の脇に車を停めた。 「いいところで育ったんだねえ」 「子どものころね、よく屋根に上って海を眺めたもんです。ただ眺めてるだけだけど、楽しかった」 そう言いながら、彼はすぐ下を走る道路を見ていた。拡幅工事の途中で、まだ完全な舗装工事はすんでいない。 「もともとうちの家も、あの道路の半分まであったんです」 「えっ?」 「そう、うちも拡幅工事の路線にひっかかった」 「じゃあ……」 「そう、うちは補償金をもらって鹿児島市内に家を建てて島を出た」 彼の表情には自嘲気味な笑いがうかんだ。 「不似合いな家を建てたって、島で生きていこうっていうんだから……。こっちはなにを言う資格もないような気がするなあ」 家が建っていた土地は、彼の希望もあり手放さず、ひとにも貸さず、そのままになっている。 「手入れすればいいんだろうけどなあ……」 ふたたび自嘲気味に笑う。ほとんどがサトウキビ畑だが、五千平方メートルあまりの耕地はひとに貸しているという。家のまわりの耕地がそうだった。 「ちょっと、墓参りに行きましょ」 車に乗るように促された。種子島で二度目の墓参りだ。 「君の家のお墓?」 「いえ、もうありません。鹿児島にもって行っちゃったから。昔ここにあったんです。おやじが鹿児島に行く時に、いっしょにもって行っちゃった」 ぼくらはしばらく小さな墓地でぼうっと立っていた。なにを話すでもなく、なにをするでもなく。ぼくらよりもずっと背の高いサトウキビに丸く囲まれて、見上げる空も丸い。ぼくらにはとどかないが、風はたしかに吹いている。てっぺんあたりのサトウキビの葉っぱが、さわさわと音を立てている。 「なんていうのかな。道路の計画にひっかかって、ほんとうはそれって具合の悪いことでしょ。土地を道路に取られるんだから。でも、それが補償金という形でラッキーに変わるわけですよ。たまたま計画にかかったからラッキー。かからなかったからアンラッキー。おなじ集落の中で、とっても複雑な思いを、みんなが味わったんですよ……」 ひょっとすると、彼の父親はそんな思いに耐えかねて、島を出ようと決めたのかもしれない。だれが金をもらって、だれがもらわなかったか。人々の複雑な思いをそのまま表すように、家並みは複雑になってしまった。 「似合わない」 それは、彼の集落のひとたちを傷つけたくないという、精いっぱいの優しさを込めたことばだったのだろう。彼は、種子島を出張で訪れるたびに、自分の家のあった集落まで足をのばすという。そしてこの日とおなじように、雑草の中を歩き、海を眺め、サトウキビの中に分け入る。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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