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なるほど大きなソテツだ。今まで見てきたソテツは、大きなものでもこれの半分もないだろう。ぼくは茂山忠茂が書いた奄美のソテツが、どれほどの大きさか知らない。だからこれが日本一だと言われれば、そうにちがいないと思った。
だが、鉄骨で補強されたその姿は、杖を頼りにようやく立っている老人のようなイメージがある。老境というのは、大きさや力強さではなく、深さや品格を教えてくれるものだと思っていた。樹齢七百年とも千年ともいわれる大ソテツに、鉄骨の補強は必要なのだろうか。ぼくには鉄骨で持ち上げられた幹が、どうにも苦しそうに思えてならなかった。このソテツはこのまま鉄骨で補強されたまま、最後の時を迎えるのだろうか。
京都の北、福井、滋賀との県境に芦生の森という原生林がある。ブナ、ミズナラ、トチ、クルミ、スギなどが鬱蒼と繁るその森では、老境に達した樹木は倒れて朽ちる。若い新しい木々に土地と陽光を引き渡し、自らは土に返っていく。人工という物の介在は、およそ存在しない。森に住むひとたちでさえ、自然の一部となり暮らしている。だからその森の生命力は尽きない。 だが、目の前にあるこの大ソテツはどうだ。
自然ではなく、すでに資源となっている。「日本一」ということばと、その巨大な姿を維持することで、大勢のひとが訪れ町が潤うこと。それがこの老境のソテツに与えられた使命なのだろうか。
「もういいよ。よくがんばったじゃないか」
そう言い残して、その場をあとにした。痛々しい姿が目に焼きついたままだった。
二本目のソテツは、西之表市国上にあった。
道路沿いに、遠慮がちに「日本一のソテツ」と書かれた小さな看板が立っていたが、探しあぐねていた。たまたま農作業から戻ったばかりなのか、老人が一人、家の玄関先に腰を下ろしたばこをふかしていた。
「このあたりに大ソテツがあるって聞いたんですけど……」
たずねると、老人はたばこを持った手で、自宅敷地の奥の方を黙って指さした。
「えっ? お宅の庭にあるんですか」
老人は黙ってうなずく。ぼくは軽く会釈をし、恐縮しながら庭の奥に入っていった。あった。
その大ソテツは老人の自宅の庭に、堂々とした姿で立っていた。そこは築山になっていて、背後はそのまま雑木林にとけ込んでいた。まわりにはイヌマキなどの木々が植えられ、よく手入れもされていた。「自生」というにふさわしい姿だった。
気がつくと老人がすぐそばに立ち、ソテツを見上げていた。
「前はもうちょっと、そうだな、七メートルはあったと思うが、いちばん高いところが台風で折れてしまった。今は五メートルくらいだ」
ということは、坂井神社の大ソテツよりも小さいことになる。しかし、ぼくにはそうは感じられなかった。
「樹齢は、何年くらいなんですか」
「ほう、ようわからんが、五百年とも、七百年とも、千年ともいわれとる」
ずっとこの場所に自生していて、いつからかはわからないが、この老人の家で代々手入れをしてきたという。
「自生ということは、昔、このあたりは森だったんですね」
「わしが知っとるのは、このあたりが牧やったことじゃ」
牧とは牧場のことだ。種子島では荷役用の馬を放牧する牧場が、昔から多かったと聞いていた。この老人の牧では軍馬になる馬の種馬を育てていたという。
「けど、最後は三頭の種馬がいたが、それを売って牧はやめた。どれ、そのころのソテツの写真があったはずだが……」
老人はそう言うと、母屋に入っていった。
ずっとそのソテツを眺めていた。もう一本の日本一の大ソテツとは、まったく雰囲気がちがった。こちらのものは鉄柵も鉄骨の補強もなかった。おそらく生えてきたままの姿で、気が遠くなるような時間を過ごしてきたにちがいない。まわりには小さな、若いソテツたちがいくつも植えられていた。大ソテツの子や孫たちかもしれない。何十年、何百年か後、この庭はソテツの森になっているかもしれないなと思った。
ひとはどうだろうか、とぼくは思った。ひとは限りある自分の命を子に、そして孫に託していく。代を継いで命を受け継いでいくのだ。不死の命なんてない。だからこそ生きようと思うし、だからこそ命は美しいのだ。
かつて屋久島で縄文杉、紀元杉などという老境の巨木たちを見た時だ。ぼくにとって、彼らの姿は畏怖の対象でこそあれ、周囲のひとたちが口々にもらしていたように、素晴らしい、美しい風景だとは感じられなかった。展望台までしつらえられ、身をさらし、根を踏み荒らされている姿が痛々しかった。それよりも、登山道の脇に朽ち果てて苔むし、新たな草木の萌芽の床として身を捧げた倒木の方が、見るひとは少ないだろうが、はるかに安らかで美しく見えた。ふたつのソテツを見て、その時の思いがよみがえってきた。
そしてもうひとつ。坂井神社の大ソテツは老人に見えたのだが、国上のソテツはたしかに女性に見えた。しかも、子をもつ母親の姿に見えたのだ。
折れてもまだ生きようとし、しかも新しい命を生み、命を受け継ごうとする。哀しく美しい母親の姿だと思った。目の前にあるソテツは大きいが、母親が育てていた鉢植えのソテツとおなじ、ぼくにとってはやはり哀しく美しい植物だった。
写真を捜してくると言った老人は、なかなかもどってこなかった。 開けっ放しの母屋の玄関先で言った。
「もういいです。ありがとうございました」
奥から老人が出てきた。
「もういいのかい」
もう十分だった。ぼくはていねいに礼を言い、老人の庭をあとにした。
老人は最後まで、自分の庭のソテツが日本一だとは言わなかった。そういえばあの看板も教育委員会が立てたものだった。あの老人が、だれかに見せるために手入れをしているのではないことは、彼がソテツを見上げる表情でわかった。日本一かどうか。そんなことはあの老人にとって、もちろんあのソテツにとってもどうでもいいことなのだ。
「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
(C)SHIMIZU Tetsuo,2002 無断複写、無断転載を禁じます
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