13)明るい農業
 
 

「サトウキビ畑で刈り入れをしてるのは、わしらみたいな歳とった夫婦ばっかりですよ」

刈り入れの手をとめて腰をおろし、一服していた老人に聞いた。
奥さんの方は、一服するご主人を横目に、黙々と穂を切り落としている。ご主人は七十二歳、奥さんは六十八歳。平均寿命が延びたとはいえ、老境であることにまちがいはない。夫婦二人だけで四反ほどの畑を刈り入れる。規模の小さいサトウキビ農家は、ほとんどがこの二人のように夫婦だけで営農しているという。

「悪循環だなあ」

老農夫は深いためいきをついた。
規模が小さく収入が少ないから、自動刈り入れ機などの機械化も進まない。一本一本手作業で刈り取っていくしかない。当然のように、子どもたちにそんな状況で農業を継がせるわけにはいかない。子どもたちは島を出て進学し、そのまま都会で就職する。この「悪循環だなあ」ということばは、いつまでたっても良くならないという意味なんだろう。

二人分の年金をあわせてどうにか暮らしは成り立っている。が、良くも悪くもならない。上を見ればきりがないから、まあ、こんなもんだろうと納得している。だからなんとかからだが動くあいだは、と思って精を出しているんだと彼は笑った。動かなくなったら、代を継いできたこの夫婦の農業は終わるのだ。 奥さんも手をとめて腰をおろした。

「仕事、つらいですか?」

そうたずねると、彼女は声を上げて笑った。そしてこう言った。

「いつも父ちゃんと二人で幸せだあ」

ほかにはだれもいない畑のまん中で、三人の笑い声がひろがった。

「若いひとには、魅力ないんですか。サトウキビ?」

笑いがおさまったところで、老農夫に聞いた。

「せっかく土地があるんだから、兼業でもなんでも続けたらいいのに」
「兼業ってもな、いい仕事がないからなあ。学校の教師とか役場の職員だ。そうやすやすとなれない」
「専業だと、そんなに厳しいんですか?」
「今、うちの収量だと七十万くらいにしかならんもんなあ。わしらは年金があるから、なんとかやってるけど。専業でやってこうとしたら、三百万くらいいるんやないか」

この三百万という数字は、前にF君から聞かされていたものだった。

「三百万くらい収入があれば、サトウキビ農家を継いでもいいという若者はいますよ」

彼は笑ってそう言った。そこには、もしそうなら自分もサトウキビ農家として、種子島で暮らしているという意味もふくまれていた。ぼくはF君の個人的な、これくらいはほしいという気持ちが、強く反映されたことばだと思っていた。だが、これは島の小さなサトウキビ農家の共通の思いらしい。もちろんこれは出荷価格ではない、最終的な収入としてだ。面積でいうと少なくとも三町以上、収量で二百五十トン以上が必要だという。老農夫夫婦の十倍ほどの土地と収量が必要になるのだ。自分の代でサトウキビ農家は終わるという夫婦のことばは、どうしようもないことなんだ。遅かれ早かれ小さな専業農家は、消えていく運命にあるのかもしれない。耕されなくなった土地は、少しでも規模を大きくしようという農家に貸し出される。

大きい者はさらに大きくなり、小さい者は消えていく。場所、産業を問わず、これは仕方のないことなのだろうか。
子どもに跡を継がせられないことも、代々受け継いできた土地をひとに貸すことも、そうなる日がそう遠くないことも、老農夫は自分の中でとっくにけりをつけているようだった。そうでなければあんなに明るくふるまえないはずだ。夫婦が明るく話せば話すほど、ぼくは、この島の小さなサトウキビ農家の未来がとてもつらく、暗いものに思えてならなかった。

その夜、あるサトウキビ農家を訪ねた。 役場に勤めるかたわら、五反あまりのサトウキビを作り続けている、いわゆる兼業農家だ。

ぼくだけではないと思うが、「農家」ということばを聞くと、まず建物を思い浮かべる。大小の規模はあるが、土塀かその地方独特の生け垣をめぐらせた敷地に母屋、納屋、仕事場などが建てられ、風景自体はとてもいなかっぽいというイメージだ。次に登場人物でいうと、主人は作業着に長靴、そして農機具メーカーのロゴの入った帽子をかぶる。首には手ぬぐいをまく。妻はモンペをはき、手ぬぐいかタオルで姉さんかぶりをする。そんな感じではないだろうか。たしかにそういった農家は少なくはないが、都市で育った者の愚かな思いこみであり、勝手な決め付けだ。その夜、ぼくは自分の浅はかさを思い知らされた。
ぼくが訪ねた農家は、そんなイメージとはほど遠い家だった。そう聞かずに訪ねていればおそらく農家だとは思わなかったにちがいない。

表通りから外れて細い道を行く。両側には膝あたりまでの低い生け垣が続く。その先にはきっと立派な農家が建っていると思っていた。が、そんなものはどこにも見あたらない。あったのは鮮やかな緑の芝生の上に建つ、白いモダンな家だった。淡い照明でライトアップされた風景は、まるで洋画のワンシーンのようだった。

玄関で迎えてくれた奥さんは、スーツをぴしっと着こなしていた。ぼくなんかの来訪に、ちょっと大袈裟な感じだ。外観だけでなく、中に入ってもその建物はモダンだった。ほんものの漆喰だろうか、白い壁に褐色の梁。家具でわずかに仕切っただけの広々とした空間。リビングスペースのまん中で存在感を漂わせる分厚いイヌマキのテーブル。何気なくおかれたフォトスタンドや置物。どう表現したらいいんだろう。インテリア雑誌から抜け出したような空間だった。ご主人も昼間役場で会った時とはまったくちがう、カジュアルだけどお洒落な身繕いだった。

リビングで紅茶を飲みながら、いろいろと話を聞かせてもらった。
ご主人は、いったんは教師をめざして本土に渡った。そこで奥さんと知り合い結ばれた。教師として鹿児島本土で生きていくつもりだった。しかし、やむを得ない事情で鹿児島をあとにした。積極的ではないが故郷の島にもどってきたのだ。あたりまえのように農業も継ぐことになった。

種子島にもどること、兼業ではあるがサトウキビ農家として働くこと。それらのことについて、奥さんが賛成だったのか、反対だったのか、ついに夫婦の口からは聞くことはなかった。

「すごいお家ですよね。なんか、どこにいるのかわからない」
「ええ、友だちなんだけど、鹿児島で活躍している建築デザイナーに頼んだんですよ、ぜんぶ。とってもいい家になったって、ぼくたちは喜んでいるんです」
「農家っていう感じじゃないですよね」

どうやら彼は、ぼくのそのひと言を待ちかまえていたようだった。

「うん。なんだか農家は農家らしくっていうの、いやなんです。私も妻も」

農家は農家らしくというのは、どうもぼくがもっていた、いや都市から見た農家のイメージらしい。夫婦とも都市で暮らした経歴をもつ二人が、都市から見た農家のイメージを嫌うのは当然の話だ。しかも奥さんは農家の出身ではない。農家に嫁ぐにしても、農家のイメージに染まる必要なんてないのだ。自分たちで新しい農家のイメージ、農家の暮らしのスタイルをつくっていけばいい、そう考えたのかもしれない。

刈り入れでその日も一日中畑に出ていたという。だが、二人には農作業の名残など微塵もなかった。畑と家とはまったく別の世界になっているのだろうか。

「だって、ほら、アメリカの農夫って、かっこいいじゃない」

ご主人が笑いながら言った。

「オーバーオールのジーンズにブーツとか、カウボーイハットとか、皮の手袋とか、ね」

農作業には二人ともそういうスタイルで出かけるのかもしれない。

「犬も連れて行くし、お茶ももって行く。ラジカセももって行って、好きな音楽をかけながら仕事をするの」

二人はとても楽しそうに野良仕事のことを話す。

「でも、そうやってスーツ姿で座ってられると、畑に出て仕事をしてるなんて、想像できないですよね」

ぼくがそう言うと、奥さんは恥ずかしそうにうつむいた。

「彼女はねえ」

助け船を出すようにご主人が言う。

「絶対と言っていいほど、ひとに畑仕事をしている姿を見せないんですよ」
「だって、汗まみれで、ひとに見せられるような姿じゃないんですもの」
「それで、仕事を終わって家にもどって、風呂に入ったあとはスーツに着替える」
「なんだ、来客があるからスーツじゃないんですか……」

奥さんは黙ってうなずく。ご主人がことばをつなぐ。

「ええ。家にいるときは、どんなに朝早くても、どんなに遅くてもずっとスーツです」

なんとなくスタイルだけじゃないな。ぼくは、彼女がこの暮らしをとても大切にしたいと思っている、と感じた。畑で汗を流す彼女も、家でスーツを身にまとった彼女も、どちらもほんとうの彼女なのだ。でも、畑での姿を他人には絶対に見せないということが、彼女の価値観なのだ。農業を卑下しているわけではない。恥ずかしいと思っているわけでもない。農家出身でない彼女が、夫に教えられて農作業をこなしていく姿は、とても美しいにちがいないとさえ思った。だが、彼女は見せないのだ。ひょっとすると、農業のイメージを変えてしまおうと思っているのかもしれないな。

この夫婦にとって、農業は重労働だけれども決してつらいものではないようだ。この暮らしぶりを見せれば、農業をやりたいと思う若いひとも増えるはずだ。農業のイメージ、とくにサトウキビ農家のイメージも変わり、憧れをもつ者さえ現れるにちがいない。

ご主人がステレオをつけた。懐かしいロック、ポップスのヒット曲が次々に流れた。

「昔、ずっと聴いていた曲です。今も好きで、このテープは自分で編集したんですよ」

ぼくにも聞き覚えのある六十年代、七十年代のヒット曲だ。

「明るい農業」。二人をひと言で言い表すとしたら、これがいいだろう。

小さなフォトスタンドが目に付いた。小学生くらいだろうか、男の子が二人、ならんで写っている。

「ああ、息子たちですよ。小学生の時だ」

ご主人がぼくの視線に気づいた。

「今は二人とも島を離れてます。学校でね」
「どうです。卒業後は息子さんのどちらかが農業、されるんですかね」

一瞬、夫婦は目を見合わせた。

「なんとも言えないですよね。やるって言ってくれればいいかなって思うときもあるけれど、強制はできないですよ」

仕方ないなと言いながら、夫婦はふたたび顔を見合わせたまま笑った。
ふいに、昼間出会った老農夫の笑顔が浮かんだ。
その笑顔には、とてつもない哀しさが隠れているような気がした。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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