14)流れ弾
 
 

シカ狩りの散弾当たり男性けが 西之表

二十三日午前十時半ごろ、西之表市住吉の畑で、シカ猟をしていた同市西之表、土木業Sさん(五一)が撃った弾が、近くで農作業中の同市住吉、会社員Nさん(三四)の右手の親指に当たった。Nさんは約一カ月間のけが。

種子島署の調べによると、Sさんは同僚七人で狩猟区域内で猟をしていたが、発見したシカに発砲する際、約六十六メートル先の畑で母親とサトウキビを刈っていたNさんに気付かなかったらしい。同署は業務上過失傷害の疑いがあるとみてSさんから事情を聴いている。
(南日本新聞 二〇〇〇年一月二十四日付朝刊)

ぼくが種子島からもどった直後に、サトウキビ畑で起きた事故を知らせる新聞の記事だ。ぼくはこれをとても複雑な思いで読んだ。まるで、種子島の状況を象徴するような事故だ、って。

中種子の野間から南種子の上中まで歩いた時のことだ。
南種子に入ってすぐに、道路工事の現場にさしかかった。道の両側のサトウキビ畑をつぶして道路をひろげていたのだ。仮につけられた道は車一台がやっと通れるほどの幅で、もちろん離合はできなくて、作業員の誘導で片側交互通行になっていた。車が通っているときは、端っこを歩くほどの余地もない。車を停めてくれなければ通ることができないのだ。

誘導の対象は車だけで、作業員は歩いているぼくに目もくれなかった。ぼくは気づいてくれることを期待しながらしばらく立っていた。しかし、一向に気にかけてくれない。勝手に通れということなのだろうか。

「通してくれませんか」

しびれをきらせてそう言うと、なんだ、という表情でにらまれた。

「車を停めてくれないと通れへんよね」

少し語気を強めて言った。

「畑ん中を通ってくれ!」

彼は怒鳴るように言った。たしかに工事区間のあっちとこっちには、長い車の列ができていた。仕方ないかなと思って畑を見下ろした。雨上がりで水がたまり、とても歩けそうにない。それに、だれかが手入れをしている畑に、道がないからといってずかずかと入っていく気にはなれなかった。

「歩けそうにないよ。やっぱり車を停めてくれませんか」

作業員は、いまいましいというふうにためいきをついて言った。

「できるだけ早く通ってくれ。車がたまって困ってるんだから」

彼は、反対側で車を誘導しているもう一人の作業員に、赤い旗を振って合図を送った。反対側の作業員が車を停める。

「行きな! 急げ」

ぼくは急かされて、ぬかるんで足をとられそうな道を歩いた。しかし、その日はすでに二十キロあまりを歩いていた。それに重い荷物も背負っている。急ごうとしても、思ったように足は前に出ない。道は深い轍ができ、タイヤで掘り返された土は両側に押しやられ、土手のようになっていた。真ん中しか歩くことはできなかった。 ところが反対側の作業員が車をスタートさせた。工事用のダンプカーが目の前に迫ってくる。運転手が大きく手を振っている。道をあけろと言っているのだ。だが、どこにも行きようがない。ぼくもそのまま歩く。十メートルほど手前でダンプは停まり、そしてけたたましくクラクションを鳴らした。ぼくも立ち止まった。にらめっこだ。運転手は何度もくりかえしてクラクションを鳴らした。ダンプの後ろには車の列が続いている。

「どけ!」

窓から顔をのぞかせて、運転手が鬼のような形相で叫ぶ。そしてクラクションを鳴らす。

「どこへ避けたらええんや。ここしか通れへんやないか。待ってたって五分とかからへん。もうちょっと待ったってええやろ!」

ぼくも怒鳴り返す。

「畑に下りたらいいだろ! こっちは仕事なんだ! 暇な観光旅行とはちがうんだよ! どけどけ!」

と、不意に後ろから腕を捕まれた。ぼくを急かせた作業員だ。彼はぼくをそのまま畑に引っ張り下ろした。ぼくがいなくなった道をダンプカーが通りすぎて行く。勝ち誇ったようにクラクションをながく鳴らしながら。あとに続く車の運転手たちは、だれもがぼくの顔を見ながら通りすぎていったが、みんな一様に薄ら笑いを浮かべていた。

「なにをするんや!」

作業員の手を振りほどいて言った。
現場の責任者らしき男が駆け寄ってきた。

「あんたがた、ひとが歩いて通るということを考えてないのか」

ぼくが語気を強めて言うと、男はにこっと笑って言った。

「いやあ、すみません。歩いて通るひとはほとんどいないんですよ。工事の人間は畑を行き来しますから。だけどこらあ、歩道がいるなあ」

男は自分の足元を見て頭を掻いた。ぼくたちは畑のぬかるみの中に、くるぶしまで靴を突っ込んで立っていた。二人の男は長靴だったからまだしも、ぼくの靴の中にはじんわりと水が染み込んできた。
ぼくはぺこぺこ頭を下げる男のペースに乗せられ、なんとなく丸め込まれてその場を離れた。

その夜、飲み屋で隣に座った五十がらみの建設作業員らしき男をつかまえて、ぼくは昼間の出来事をさんざん愚痴った。その男はいやがりもせず、反論もせず、焼酎を傾けながらじっと穏やかな表情でぼくの話を聞いてくれた。

カウンターの向こうでその話を聞いていた女将が言った。

「だめよ、今は工事関係がいちばん勢いあるんだから。この島では」

「そうなの……」

そういえば島のあちこちで大小さまざまな工事が進められていた。いちばん大規模なものは、新空港の建設工事だろう。山がいくつも削られ、広大な平地がつくり出されようとしていた。道路工事もあちこちで進められていた。

「俺もなあ、つい最近職をかえたんだ」

隣の男がぼそっと言った。

「百姓やってたんだけどな、やめちゃった。今は立派な建築労働者だ」

「立派な」ということばに、深い自嘲の響きがあった。今度は男がしゃべる番だった。

会社は西之表だそうだ。知り合いの旅館の工事を頼まれて、南種子に来ていた。五反ばかりの土地にサトウキビを作りながら、雇われ大工をやっていたという。腕のいい職人だったんだ、といいながら左腕につくった力こぶは、歳よりも彼の肉体がはるかに若いことを物語っていた。農業に見切りをつけ、畑はひとに貸した。そして、工務店をつくって人を雇った。

「思いがけず金が入ったんだ。家が道路の拡幅工事にひっかかって、補償金てやつが……」

それを元手に家を建て直し、事務所をつくった。奥さんが経理担当、手伝いの大工が二人。元の雇われ大工の仲間だ。仕事は順調といえば順調だが……。

「知ってるか? 西之表には大小とりまぜて五十軒も工事関係の会社がある。もちろん俺んとこみたいなのまぜて。人口二万人もいない町でだよ。しかも、離島の」

「島中で工事しないと仕事にならないわねえ」

女将が表情を曇らせた。

「そりゃあ、仕事があるというのはいいけどね。島に活気がでてくるっていうのもわかるけど、どんな島になっちゃうんだろうねえ」

「だよ。道路もいっぱい敷いて、ビルもいっぱい建てて、ゴルフ場なんかもつくってさ。ホテルも建てて……」

男の表情はひと言しゃべり、ひとくち焼酎を飲むたびに暗くなっていった。

「農業をやめたこと、後悔してるんですか?」

「いやあ、そんなことはないけど……」

「ないけど、なんなんですか? なにか後ろめたいことでもあるんですか」

「いやあ、よかったんだ。やめて」

あまりにもきっぱり言ったので、ぼくはきっと自分にそう言い聞かせているんだと思った。男は話し続けた。

「うん、よかったんだ。農業の間に雇われ大工をしてるだけだったら、ぼうずたちも島に帰ってこれんからなあ。商売を軌道に乗せたら、あいつらも仕事の心配をせずに帰ってこれるだろう」

いろんなことが積み重なったうえでの決断だったんだ。だが、今そうやって農業を離れ、確実な現金収入を得るために工事労働者になるひとが多いともきいた。

工事関係がいちばん勢いあるという女将のことばを反芻した。勢いがあるのはその業界であり、目の前のこの男のように、一人ひとりの労働者を見れば必ずしもそうではないと思った。勢いのある建設業界が、勢いのない農業や漁業からひとを吸い寄せていくのだ。吸い寄せられたひとたちは、自分が生きる糧としていた耕地をブルドーザーでならし、道を敷いていく。あるいは海岸を埋め立て、海を汚していく。だが、どうしようもないことなのかもしれない。

サトウキビ畑に向かって散弾銃を撃つ。そこでだれかが働いているかもしれないなどとは、思ってもみなかっただろう。銃を撃った男は農業を離れて建設業に就いた者ではないだろう、きっと。サトウキビ畑が仕事の場であり、暮らしの場なのだ、ということは、この島で農業にかかわったことのある人間なら、無意識でも理解していることだろうから。いちばん勢いのある業界の人間にとっては、金にもならない草の生えた空き地くらいにしか見えなかったのかもしれない。

上中から野間へもどる時、ふたたびあの工事現場を通った。今度はバスでだ。あの現場責任者らしき男が、自分でユンボを操り、ぼくたちの足をくるぶしまでのみこんだ畑をならしていた。歩くひとのための歩道をつくっているのだろう。

もうすでに売り渡されているのかもしれないが、つぶされていく畑を見て、「歩道をつくれ」だなんて、つまらないことを言ったなと少し後悔した。

大切なものは失ってはじめてわかる。でも、そのときは遅いんだ。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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