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旅に出ると食事も楽しみだ。 なにせ日本中どこにいても、外から見る暮らしの形はほとんど変わらなくなってきた。そりゃあその地方独特の家の建て方などというものもあるし、町の造りもある。しかし、それはぼくとあなたの身長や体重の差ほどのものだ。日本人という意味ではなんらかわりない。方言や好みの味を見なければ、どの地方の出身かなかなかわからないだろう。ところがこの町や家の造りは、中に入って見るとよけいにわからなくなる。 だってほとんどが今風に改築され、最近ではリホームというらしいが、台所も居間もすべて洋風であることが多い。つまりキッチンやリビングというわけだ。外観を残しているならまだしも、畑のど真ん中にいきなりアメリカ式のツーバイフォー住宅が建つ時代だ。ほんとうに、どこにいるのかわからなくなるときがある。だからぼくは食事にこだわるのだ。その土地の個性、暮らしの個性を知るには、そこで普通に食べているものを、できるなら地元のひとといっしょに食べるのがいちばんいい。異郷の味を、異郷の暮らしの中でそのまま味わうのだ。しかし、ぼくの経験からすると、都会に近くなるほど裏切られる。どこにでもあるものしか口にできない。だから、用心しながら、その土地だけの食べ物を探し歩く。 今度の旅は、やはり魚だ。ぼくは新鮮な魚と豪快な漁師の料理を頭に、いいや、舌と胃袋にイメージしてこの島にやってきた。なかでも何度となく名前だけは聞いた「コーメンドー」という魚、これは絶対に食べたいと思っていた。この魚、とてつもなく臭いらしい。 「どんな食いしんぼうでも、ひとくち食べただけで絶対顔をしかめるから」 種子島出身者や、それを口にしたことのある本土の友だちが、異口同音に言った。こちらも食いしんぼうではかなりの自信がある。そんな話を聞かされると、もうたまらない。自分の舌と胃袋で、そいつを必ず征服してやろうと心に決めていた。だが、結果から話すと、ついに種子島ではお目にかかることはなかった。 種子島についてすぐ、早速昼食をとることにした。船の中で同行のTさんが買ったガイドブックを見て、紹介されていた寿司屋に決めた。 西之表市の市街地にあるその寿司屋は、東京、大阪、そして鹿児島の繁華街にある寿司屋とまったくおなじだった。モダンなショップデザインを基本にして、ここは決め手だと言わんばかりに、あちこちに和のしつらえがほどこされている。お洒落なのかもしれないが、流行のデザインを真似だけで、島の雰囲気にもこの町の雰囲気にも馴染まない、とてもアンバランスな印象を受けた。そしてぼくは期待を捨てた。まずいに決まっているというのではない。ガイドブックで紹介されるほどの店だ。まずいはずはないと思う。値段も東京、大阪並みかもしれない。だが、ここでしか食べられないものは食べられないにちがいない。 予想通り、お昼の定食にしてはけっこう値のはるお刺身定食に出てきたのは、ハマチ、シメサバ、マグロ、ミズイカ、アカガイ、アマエビだった。味もよろしい。しかし、それ以上でも以下でもない。ま、同行者がいる間は観光旅行でいいか、と妙な納得をする。 その夜。市街地からはなれた旅館に泊まる。そこでひとつめの種子島の味に出会う。アサヒガニだ。カニというより、なんとなくエビ、いや大きなシャコかロブスターという感じだ。ボイルしたものを、べきべきと割って身を取り出しポン酢で食べる。なんともいえない甘味がある。ほかに刺し身、カレイの揚げ物、サザエのつぼ焼き、あらをつかった赤だしと、徹底的に海のものがならべられた。そしてうれしかったのは、刺し身の醤油が鹿児島の、あの妙に甘ったるいやつではなく、ぼくが京都で慣れ親しんでいたものとおなじ味のものだった。異郷の味をと言っておきながら、勝手なものだ。 翌朝訊いたところ、この宿の経営者は十年前に大阪から移住してきたという。どうりでなんとなく関西風の味付けだった。なつかしくて、うれしかったけど、コーメンドーとは出会えなかった。 二日めの昼は、あのインギー鶏を食す。そこでしか食べられないというので、めったに出入りすることなどない高級リゾートホテルのレストランへ。インギー鶏の赤ワイン煮と親子丼を頼む。卵は普通の鶏のものかもしれないので、ひょっとすると他人丼かもしれない。 歯ごたえは鹿児島で食べる地鶏とほぼおなじ。味は、残念ながら両方とも味付けが濃かったので、本来の味はわからずじまいだった。せっかくほかでは食べられないものを出すんだから、もうちょっと工夫してくれたらいいのに。 夜は、墓参りをすませて鹿児島にもどる同行の女性たちを西之表港まで見送り、F君とふたたび中種子町までもどり、居酒屋へ入る。トッピー、つまりトビウオの刺し身とサバの刺し身がうまかった。京都から鹿児島に移ってまもなく、はじめてサバの刺し身に出会った。話には聞いていたが、こんなにうまいものだとは思ってもみなかった。京都で長年暮らしていたぼくにとって、サバというのは塩サバのことで、焼いたり煮たりして食べるものだった。シメサバだって、夏の時期、鯖寿司にするくらいで、とても高級なものだった。だから、はじめて刺し身を食べた時の驚き、うまさは今も忘れられない。トッピーしかりだ。 その後、居酒屋で待ち合わせた役場職員の家へ。飲みなおしだ。奥さんお手製の大根の漬け物がうまかった。焼酎にぴったり合う。そして次に奥さんが運んできたものを見て驚いた。なんとポンダラ(干ダラ)だ。タラの干物だが、ぼくは北海道を歩きまわった時、いやというほどそいつをかじった。二十年以上も前のことだ。それ以来、そいつを友人から送られたり、お土産でもらったりすると、北海道のことを思い出した。そのポンダラに種子島で再会するとは。当然のように焼酎の瓶は空いていく。 「いい音楽をかけようか」 役場職員が、自分で編集したんだといってかけたのは、七十年代にヒットしたロックばかりを録音したテープだった。ウォークマンやMDなんてなかった時代に、ぼくはリュックサックのてっぺんにラジカセをくくりつけて北海道を歩いた。その時に聞いた曲ばかりだった。テープに飽きると、ユースホステルでいっしょになった連中と交換する。そうしてテープも持ち主の手を放れて、北海道中を手から手へめぐっていくんだ。ポンダラのしょっぱい味となっかしいロックが、北海道の旅の記憶を呼び覚ましてくれた。 朝の港でイカをあぶって酒を飲み、遠巻きに見ていたぼくに、荷物になるなあと言いながらいっぱいの干物を持たせてくれた漁師たち。その中にポンダラがあった。どこまでいってもまっすぐな道を、泣きそうになりながら歩いた夕方。雨宿りするだけのつもりが、晩ご飯とお風呂までいただいた夜。ポンダラの味が一つひとつの記憶をつないでいる。種子島の旅でもそんな味にめぐり会えるだろうか。 三日めの夜、明日はF君も鹿児島にもどる。その後のぼくの一人旅を励ますつもりだったのだろう、彼が料理屋に誘ってくれた。どうも贅沢な旅だ。 真っ黒な魚が冷蔵ケースに入れられていた。モハミ、ブダイだ。鹿児島でもめったにお目にかかれない。躊躇なく注文する。ほかにミズイカの刺し身、カンパチのカマ焼き、おでんいろいろ。生ビール二杯に焼酎五合。 モハミは藻を食べるからその呼び名がついたと聞いた。身はしっかりとひきしまり、歯ごたえもいい。味は淡泊。ここでもコーメンドーには会えなかったが、どれもうまかった。さすがに島だ。ところが思った以上に高くついた。二人でしめて一万三千五百円だ。どうやらモハミとミズイカが高かったようだ。うまかったから仕方ないかな、とも思ったが、鹿児島ならいざ知らず、目の前の海で獲れた魚だ、もう少し安く食べられてもいいじゃないかと、思ってしまった。 翌朝、F君は鹿児島にもどっていった。ぼくはそれから三日間をかけて、国道58号線を島間の港まで歩いた。そのあいだ、ずっとコンビニで買ったおにぎりやお総菜を食べていた。都会にいるのとまったくおなじ生活だ。ここはやっぱり都会の島なんだと、歩きながらつくづく考えてしまった。そうして、その三日間の間もコーメンドーに出会うことはついになかった。 旅の六日め。ぼくはふたたび西之表にもどっていた。この旅の最後の夜だ。 「やっぱりコーメンドーだ」 そう思いながら何軒か居酒屋、料理屋をのぞいたが、「きょうはないよ」という返事だった。もう、どうでもいいかな、と思った時だった。一枚の看板が目に入った。 「炭焼きホルモン」 黄色い看板に赤い文字。そのホルモン焼きがとてもうまそうに思えた。看板は大通りに面して出されていたが、入り口は真っ暗な路地の中にあった。もういいや。ぼくはなかば自棄気味に引き戸を開けた。五、六人も座ればいっぱいになる小さなカウンターがあるだけ。柱も壁も天井も、煙のせいだろう茶褐色になり、店の隅っこと暗闇が境目の見分けられないほどだった。 カウンターの端っこに、帽子を被った男が一人、ポケットに手をつっこみ背中を丸めて座っていた。カウンターの上にはビールとコップがひとつ。どうやら客のようだ。しかし、店のものは見あたらない。 「今ちょっと、そこまで出かけとるよ。どうぞ、座って」 男がイスをすすめてくれた。どうやら常連のようだ。 「寒いな。風がきつい」 たしかにその日は一日中、北西の季節風が吹きつけていた。男は常連の遠慮から端っこに座っていたのではなく、ストーブにいちばん近い席に座っていたのだ。 ぼくは男から少し離れたイスに腰を下ろした。他愛もない世間話を三分ほど。店主らしき男がもどってきた。小さい声だがしかしにこやかに、いらっしゃいませと頭を下げる。なんだかうらぶれた感じだ。でも、不思議に落ちつき、居心地がよかった。 ビールと炭焼きホルモンを注文した。目の前に七輪がおかれ、炭が入れられる。ぱちぱちとはじけるたびに炭のにおいがひろがる。亭主はさっと串刺しのホルモンを二本焼き上げる。 「種子島でホルモンの店、帰る間際になってはじめて見つけましたよ。種子島のひとは、あんまり食べないの?」 ぼくが気づかなかっただけなのかもしれないが、ほんとうにそうだった。 「かもしれないね。私も種子島の人間じゃないから……」 亭主が煙の向こうで伏し目がちに笑った。 「へえ、どこから?」 「鹿児島。潜るのが好きで……」 「スキューバ?」 「いいえ、素潜り」 静かな会話だった。常連の男は黙ってビールを飲んでいる。聞こえてくるのは炭がはじける音と、風の音だけだった。ぼくは亭主に適当に焼いてくれと頼んで、ビールを焼酎にかえた。キビナゴ、ミズイカのゲソをころ合いを見計らって焼いてくれた。そして最後に出てきたのがシカ肉のルイベ。種子島で獲れたものだった。どれもうまかったし、酒もうまかった。ぼくも酔ったが、常連の男も酔っていたようだ。 酔っていたせいではないが、ぼくはその夜の会話のほとんどを忘れてしまった。しかし、亭主や、常連の男や、炭の火や、風に揺れる暖簾の影や、その夜目にしたことは正確に覚えているし、その店の味もよく覚えている。 結局、この旅でコーメンドーには出会えなかったが、それに代わる味にいくつも出会っていた。しかし、ぼくにとって忘れられない種子島の味は、島のひとたちとの会話だったような気がする。 たとえ、道端に腰掛けて食べるコンビニのおにぎりでも、刈り入れの手を休めて老農夫がすすめてくれたお茶といっしょだと、それ以上うまいものはないような気がしていた。 そのことを、この小さな店の亭主が思い出させてくれた。 「異郷の味なんて、ひょっとするとないのかもしれないな」 煙の向こうの亭主の笑顔を見ながら、ぼくはそう思った。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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