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「海沿いを走りましょう」 「変だな、清水さんは」F君が笑った。 いくつか理由はあったのだが、申し訳ないがいちいち説明するのが面倒くさくて笑ってやり過ごした。 たしかに東海岸は風光明媚な、いわゆる観光スポットとして申し分ない。風景を楽しみながら歩くのもいいだろう。離島の気分をたっぷりと味わえるはずだ。だけど、ぼくはきれいな風景を見たいのはもちろんだが、種子島の普通の人々の暮らしが集中している部分を見たくて、国道を歩くことにしたんだ。東海岸に人々の暮らしがないと言っているのではない。集落はあるし、大勢のひとたちがそこで暮らしていることを言っておかなくてはならない。 港からわずかに北上すると、すぐに家並みは途絶えた。が、その向こうにモダンな低層の集合住宅が、姿を現した。 「市営住宅ですよ」 F君が教えてくれた。 日本中どこを探しても、これほどモダンな市営住宅はちょっとないはずだ。そういえば、種子島のあちこちに建っている公営住宅は、けっこうどれもモダンでセンスがいい。南種子町では泊まった宿のすぐ目の前に、戸建ての町営住宅がならんでいた。家賃を聞くと六万から七万円くらいということだった。二階建てで、中に入ったわけではないからわからないが、少なくとも4LDKはあるだろう。それからするととても安いという感じだ。F君にそう話すと、苦笑いが返ってきた。 「この市営住宅だって、多分おなじくらいですよ。そりゃあ、本土の都会の常識からいうとめちゃくちゃ安いんですけどね。島の所得レベルを考えると、一概に安いとは言えないね」 彼の言うこともその通りだと思った。 だけど、市や町が、若いひとたちの流出をくいとめようとして躍起になっていることがなんとなく伝わってくるような気がする。 道路は山の中に向かっていくが、F君は、海岸を走りましょう、と細い道に車を乗り入れた。やっと一台が通れるくらいで、離合などとてもできそうにない道を、彼はかなりのスピードで飛ばしていく。 「だいじょうぶ? そんなに飛ばして……」 助手席の背もたれにしっかりと身を預けて、ぼくはからだをこわばらせていた。 「だいじょうぶですよ。対向車なんかきませんから」 運転手は軽く笑った。ことばどおり、いや幸運にもと言うべきだろうか、ほんとうに対向車は一台も姿を現さなかった。 道路の反対側には小さな鳥居が建っていた。大崎神社という小さいが由緒ある神社だという。境内に入ってみた。小さいが手入れの行き届いた前庭があった。低い植え込みの中に大きな石が……。よく見ると亀を型取ったものだった。植え込みは海になぞらえられている。 社を見ると、欄間には海で遊ぶウサギの透かし彫りがあり、両端にはゾウだろうか、鼻が長く牙をもつ動物の彫り物がつけられていた。 「因幡のシロウサギかな?」 いずれにしても、その建物は神社の社というよりも、どちらかといえば寺のお堂という感じだった。 道はいよいよ細くなり、ついに小さな港のなかで消えてなくなった。上之古田港。工事中なのだろうか。プレハブの工事事務所がぽつんと建っているほかには、なにもない。人影もないし、船だまりには船さえもない。 すぐ間近まで迫る丘陵の斜面に、小さな石碑が建っていた。甑島、沖永良部島からの入植者がここに上陸したことを記念する石碑だった。離島から離島への移住、入植。どんな事情があったかは知らないが、そのほかに生きていくための選択肢がなかったとしても、自分から進んで苦労と困難を背負い込む暮らし。ぼくにはとうていできないだろう。ここはその新しい生活への入り口だったんだ。石碑には、ここに上陸するまでの道のりが大変だったことも、刻まれていた。そうまでして移り住んだこの島は、幸せの地だったにちがいないと思いたい。 彼らの末裔は今どうしているのだろうか。この島で、まだ暮らしているのだろうか。あるいは、この島を出て、他のどこかに幸せの地を見つけたのだろうか。 朝のうち晴れていた空はどんよりと曇り、強い西風が吹きはじめた。 「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社 |
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