20)海をめぐって 2:浦田浜から喜志鹿崎へ
 
 

上之古田港から、山間のサトウキビ畑の道を抜ける。畑と畑、そして山の間をヘビのようにクネクネと走る道だ。舗装されているが、道路というにはあまりにも細い。道端に荷車をひいた耕運機が停まっていた。が、人影はない。
荷車には、あざやかな緑色をした大きな葉っぱが積まれていた。どうやら持ち主は、山の中でその葉っぱを刈り取っているらしい。

「すみません。だれかいますか」

話が聞きたくて山の中に向かって声をかけてみたが、返事はなかった。何度かやってみたが結果はおなじだった。
葉っぱを一枚、手に取ってみた。艶がありつるつるしていた。香りがいい。

「シャニンの葉ですよ」

F君が教えてくれた。

「料理をのせたりするんですけどね。これでおにぎりをつつむととっても香りがいいですよ。朝のうちに摘むのが香り、いいんです」

種子島中に自生しているという。なるほど、それからはどこを歩いていても、車で走っていても、たびたび目にした。
間もなく、小さな看板を見つけた。

炭焼き 家内窯(よらいきがま)

車を停めて坂を上る。少し上ると階段の踊り場のような場所があり、窯の焚き口があった。だれもいない。窯はそこから斜面を這うように七、八メートル上っていた。ちょうど、陶器の登り窯をひとまわり小さくしたような形だ。この窯が今も使われているのか、ただ残されているだけなのかわからなかった。

「昔はこんな炭焼き窯が、島中あちこちにあったんですよ。島全体が、いい炭のとれる堅い木でおおわれていたから、ごく当然のことなんでしょうけどね」

F君が言った。
島中いたるところで、炭焼き窯からの煙がたちのぼる。光景を思い浮かべてみた。質のいい砂鉄がとれ、さらに質のいい炭がとれる。島全体がたたら場だったんだ。
国上の市街地を走り抜け、島の最北端、喜志鹿崎をめざす。

「真冬の海水浴場を見てみますか」

F君はぼくの返事を待たずに、海岸への細い道に入った。
着いたのは浦田海水浴場。だれもいない、真冬の海水浴場だ。変わった形をしたビルが建っている。シーサイドハウスだ。ぽつんと取り残されたという感じで、見るからにさみしげだ。売店や着替えのための施設も完備しているという。F君のことばを借りると、「種子島でいちばん整備された海水浴場」ということになる。しかし、それは夏の一時期のことだけだ。夏が終わればだれもいない海になる。夏のにぎわいと、冬の空虚な風景。どちらも海の素顔だ。

小さな砂丘の上から海を見る。動いているものは波だけだ。風と波にならされて、砂浜は絵に描いたように美しい。どこを見ても足跡ひとつない。打ち寄せた波はふたたび海に帰る間もなく、砂に消えていく。空はどんよりと曇っている。水平線と海の境目はひとつに溶け合い、灰色のグラデーションがかかっている。そこでは雨が降っているのか、雲がわき上がっているのか、わからない。が、ただ、そんな空虚な海の風景を見ていて、世界の果てというものがほんとうにあるような気がした。

砂浜に降りた。なにもない真っ白なカンバスのような砂の上に、足跡を残しながら波打ち際に向かう。砂の中に黒いものが埋まり、頭を少しだけのぞかせていた。なんだろう。掘り返してみると、それは直径二十センチほどの浮きだった。網か船につけられていたものが離れ、流れ着いたのだろう。

後ろをふり返ると、足跡がふらふらと続いている。ほんのわずかの距離なのに、ぼくはまっすぐ歩けないようだ。
子どものころ、夜中に降り積もった雪の上に、だれよりも早く起きて足跡をつけるのが好きだった。その日降った雪を独り占めしたような気分になれたからだ。歩くときには、わざとだれも踏んでいないところを歩いた。だけど雪はすぐ解ける。大切にしていたものを一瞬のうちに失ったような気分になった。
そんなこと思い出しながら歩いた。この足跡もじきに消えるにちがいない。

喜志鹿崎は種子島の最北端だ。海峡をまっすぐ北に向かうと大隅半島にたどりつく。しかし、いくら目を凝らしてもなにも見えなかった。
真下から灯台を見上げる。大きくはないが、モダンできれいな形をしている。直線と曲線をうまく組み合わせ、外壁は小さなタイルでおおわれ、何カ所か光りを取り入れるためのガラスのブロックが埋め込まれていた。あちこちの灯台で見かけるてっぺんのドームはなかった。へえ、アールデコだ。こんな灯台もあるんだな。背景が青空だったらもっときれいだったはずだ。

断崖の上から海峡を見る。潮の流れがはっきりわかる。潮は左から右に向かって激しく流れていた。しかし一つひとつのうねりは複雑に流れ、ぶつかりあい、白い波頭がいくつにも重なる。小さな船が何隻か、波に揉まれるようにして浮かんでいた。ぼくの足元の草木も強い風に激しく動揺している。
風の中で灯台だけがぴくりともせず立っていた。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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