21)囲われた海 1:種子島宇宙センター
 
 

■種子島宇宙センター 大崎から竹崎へ
種子島でいちばん美しい海岸。それは、みごとに囲われていた。

■種子島宇宙センター 大崎から竹崎へ
まぎれもない。大崎から竹崎にかけての海岸は、この島で最も美しいと思った。

この海岸線は、ロケット発射場を抱えるNASDA、宇宙開発事業団の種子島宇宙センターの一部となっている。八百六十万平方メートルの広大な敷地には、大型、中型ロケットを打ち上げるための大崎射場、小型ロケットのための竹崎射場、その周囲にロケット組み立て施設や、液体・固体燃料の地上燃焼試験施設、打ち上げやその後の飛行の管制を行う指令施設、観光のための宇宙科学技術館、打上体験館などが点在している。

宇宙センターの敷地内は海岸線が美しいだけではない。各施設を結ぶ道路は、島中のどこの道路よりも広く美しく整備されているし、広場には芝生が敷き詰められ、きれいに刈り込まれた植栽には四季の花が咲く。今流の言い方をすれば、宇宙テーマパークといったところだろう。だが、TDLのように高い入場料はいらない。だれでも自由に出入りできる。ただし、ロケットが打ち上げられるときはもちろん別だし、平常時でも打ち上げ棟や試験施設、管制施設への出入りはできない。

ぼくは大崎側からセンターに入った。すぐに巨大な建物が視野をさえぎる。大型ロケットの組み立て棟だ。その先、岬の突端には発射台がある。だれもがその巨大な姿に驚くはずだ。フェンスに張り付くようにして、それを見上げた。ここから打ち上げられるのは、実用衛星を載せたロケットだ。つまりビジネスのもとを打ち上げるわけだ。夢や理想、打算やもくろみ、技術や威信、あらゆるものをいっぱい詰め込んで打ち上げられる。そのおかげでぼくたちの暮らしは、便利に快適になっていくんだ。
すぐそばに石碑がぽつんと建っていた。

大崎集落移転記念碑

宇宙センターの建設に協力して、集落ごと移住した大崎集落十三世帯に感謝し、過去に集落があったことを伝えるために建てられたらしい。国家的事業が普通の人々の暮らしに優先したことを伝えている。

ロケットの丘からは、大崎射場が見渡せる。とても空がひろく感じられる。ロケットを打ち上げるとしたら、こういうロケーションが必要なんだろうな。地形を利用し山を切り開いたその風景は、宇宙開発というものがいかに巨大な国家プロジェクトなのかを教えてくれる。想像してみた。十三世帯数十人の暮らしの場など、まるでアリの巣のように思える。だが、土地を明け渡した人々にとっては、この光景は誇りにちがいない。自分たちが協力したからこそ、可能になった風景なのだから。

人間というのは大したものだ。地球がとてつもない時間をかけてつくり出してきた地形を、一瞬のうちにつくりかえてしまうのだから。しかし、ぼくは、そのことに誇りをもっていいのかどうか、わからなかった。

宇宙センターをめぐる道は竹崎射場に向かう。
海岸線は美しいだけではなかった。なにかが気になっていたのだけれど、それがなにか、自分でもよくわからなかったが、ようやく見えてきた。宇宙センターに入った時から、海岸に沿って延々と続くフェンスだった。美しい海岸は見るだけなんだ。前に、かいま見るように旅したオーストラリアで、海岸ではなかったけれど、おなじように延々と続くフェンスを見たことがある。野犬避けだったか、ワラビー避けだったか、忘れてしまったけれど、総延長は万里の長城より長いと聞いた記憶がある。もちろんそれには遠くおよばないけれど、フェンスが続いていた。宇宙センターが囲われているのか、海が囲われているのか、どちらかわからなかった。でも、海岸に入れないということだけは、はっきりしていた。

竹崎射場は大きな広場だった。打ち上げ用の施設も小型ロケット用ということもあり、大崎に比べるとこぢんまりしていた。だから、ゴルフ場のような芝生の広場や、その向こうの広い砂浜の方が目立っていた。
芝生でゴルフの練習をしているひとがいた。

「宇宙センターの方ですか?」

そうたずねると、邪魔をするなというような顔で、いいや、と短くひと言。

「地元の方ですか?」
「ああ」

振り下ろしたクラブにはじかれたボールは、大きく右に曲がっていく。男は、ちっ、と舌打ちしながらぼくをにらむと、そそくさとボールが落ちた地点をめざした。ゴルフ練習場という使い方もあるんだ。

ここはいろいろに活用される。国の威信をかけた宇宙開発の場であり、地元のひとたちにとっては観光誘致の切り札であり、さまざまな意味で地域の浮沈をかけた場所なのだ。また、宇宙センターと名前は変わったものの、この地はやはり暮らしの場でもある。竹崎射場の先の砂浜は海水浴場になっているし、打ち上げを見るために建てられた展望台の下はビーチハウスになっている。宇宙センターの敷地で海に近づけるのは、たぶんここだけだろう。さらに、その向こうは漁港になっていて、漁船が係留されていた。だから、地元のひとたちがゴルフ練習場として使ったって、なにも不思議ではない。

ぼくが種子島に渡ったころ、遠く小笠原諸島の北西約三百キロの海域で、エンジンの残骸がひとつ、深さ二千九百メートルの海底から引き揚げられようとしていた。前の年に打ち上げに失敗したH2ロケット8号機の一段目のエンジンだ。
宇宙開発に巨費を投じてきた国の威信はもちろん、この国の科学技術力を根底から覆すようなできごとだった。
だが、種子島、とくに南種子では、この失敗を死活問題としてとらえるひとも少なくなかった。ある民宿の主人に聞いた。

「あの失敗で、事業が縮小してしまわないかって、民宿の経営者はみんなはらはらしてるんだ」
「宇宙センターを見に来る観光客って、そんなに多いんですか」
「いや、観光でなくても、ロケットの打ち上げや大きな実験があるたびに、事業団関係者や研究者、それに報道陣もあわせて、満室状態になるんだ。だから、あの失敗でしばらくの間、打ち上げしないなんて話になったら、けっこう痛いよねえ」

だが、主人の心配をよそに、二〇〇〇年度の予算でも、宇宙開発関連は大きな予算を引き続き確保した。新たな発射点の建設も決まっているという。打ち上げを見に来るひとばかりではなく、工事関係のひとたちでもにぎわうかもしれない。

「国家プロジェクトだからな、一度や二度の失敗でやめちゃあだめだな。とことんやらなきゃあ」
「でも、あの失敗したH2ロケットだって、何億ってするんでしょ。無駄だと思わない?」
「たしかに、あれはもったいないね。海の藻くずだからね。俺たちの税金つぎ込んでるんだから失敗でしたではすまないだろうなあ。だけど、それでやめちゃったら、今までかけてきた金がぜんぶ無駄になっちゃうからねえ……」

「ところで、あのフェンスだけど」

ぼくは気になっていたフェンスの話をもちだした。

「海岸に自由に出入りできる方がいいんじゃないですか。あんなふうに囲い込むよりも。センターを見学に来たひとたちだって、きれいな海岸を見るだけじゃなくて、波打ち際まで行けたほうがいいんじない」
「仕方ないだろ。それは……。やっぱり警備上の問題もあるだろうし……」
「漁業に影響はないのかなあ……」
「いいんだろ、漁業は。毎年国から対策費か補償金か、なんか出てるんだろ」

主人は吐き捨てるように言った。まるで、囲い込まれているのは海だけじゃない、と言わんばかりだった。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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