22)ふたたび海をめぐる 2:帰らずの森
 
 

田んぼの真ん中に、こんもりと丸い森があった。
F君の運転する車で、はじめてその横を通った時だ。あんまり形がおもしろいので、わざわざ車を停めてもらった。

「おかしな形だねえ。あれは、自然にできた森じゃないよねえ」

F君はにたにた笑いながら、そう言うぼくを見ている。

「まるで古墳みたいだな。田んぼの真ん中にあそこだけまん丸で、なんか不思議だねえ」

たしかに不思議な形だった。直径は五十メートルくらいだろうか。いわゆる雑木林のようだ。小山の上に生えているのではなく、水田とおなじ地表から生えているとしたら、中央のいちばん高い木は、おそらく二十メートル近くあるのではないだろうか。いや、もっと低いかもしれないが、まわりが水田でその森自体が妙に大きく見えた。

「子どものころからね、この森はちょっとした話題のスポットだったんですよ」

F君はあいかわらずにたにたしていた。

「なんなの?」
「あの森にね、いったん入った者は、二度と出てこれないんです」
「ほんとに? 悪い冗談だな」

F君は急に真顔になって言った。

「ほんとうですよ。ぼくの知り合いの友人も……」
「遠い話だな」
「ええ、ちょっと遠いですけれど、肝試しだって、友だちが見ている前で入っていって、結局出てこなかったんだって。ちょっとした話題になってましたよ」
「いつごろのこと?」
「ぼくがガキのころだから、三十年以上前かな……」

おーい、おーい、と言いながら入っていったそうだ。声がだんだん小さくなり、かすかに聞こえるだけになったので、反対側に出たんだと、みんなで森の反対側にまわったそうだ。だが、そこに友人の姿はなかった。みんなは森のまわりを何度もまわったが、ついにその友人を見つけ出すことはできなかったという。

似たような話は、世界中あちこちで聞いた。森であったり、洞窟であったり、山であったり、谷であったり、さまざまだった。しかし、それはほとんどが「そこには行くな」という禁止の意味で語られていた。
吉本隆明風に言うなら、そのものに対する〈恐怖の共同性〉ということになるのだろうか。その森はほんとうに古墳だったのかもしれない。「入ってはいけない」というタブーを和らげるために、大人たちが考えだした言い伝えなんだろうな。

「入ってみますか」

F君がふざけて言った。

「入ってみようかな……。入ってみてもいいな」

しかし、F君はぼくのことばを無視して車をスタートさせた。その時から、頭の中にその森の風景が浮かぶと、ぼくは無意識のうちに、入ってみてもいいな、と心の中でくり返すようになっていた。
二度目に、一人でその森の前に立った時、ぼくはどうしても衝動を抑えることができなかった。しばらく遠巻きに森を眺めたあと、もうほんの二、三メートルというところまで近づいた。

「中に入るのかね」

突然背後で声がした。驚いてふりかえった。まわりにはだれもいないと思っていたのだ。老人が一人、にこやかに立っていた。農作業に向かうところだったのだろうか、長靴に作業着、グレーの帽子をかぶり、首には手ぬぐいをかけていた。

「いいえ。不思議な形の森だなあと思って」
「そうかい、へえ、そうかい」

老人は笑いながら立ち去った。しばらく後ろ姿を追っていたのだが、いったん森にもどした視線をふたたび老人の背中に向けると、老人はどこにもいなかった。田んぼの中に入ったのだろうかと、あたりの田んぼをくまなく見たが、やはりどこにも見あたらなかった。

「ほんとうに不思議な森だなあ」

森の木を見上げた。

「入らない方が楽しいかもしれないな」

ぼくは森に背中を向けると、門倉岬をめざした。
七色坂で前之浜の方をふりかえった。不思議な森は田んぼの真ん中にぽつんとあった。

「この次行くことがあったら、今度こそ入ってみようかな」


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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