23)西之表港〜中種子町野間 2:静かな商店街
 
 

国道58号線ともう一本海よりの二本の道が、西之表市のメインストリートになっているようだ。道の両側には商店が続く。だが、あまり活気がない。日本中どこへ行ってもそうだが、まさかこんな島までと思ってしまった。シャッターを下ろした店がぽつぽつとあるのだ。食堂、本屋、海産物店、肉屋、クリーニング店、電気店、家具店、洋品店、土産物店、さまざまな店がある。コンビニ、ファミレス、そして夜になったら明かりが灯るのだろう、スナックや居酒屋の看板もある。この二本の通りを行ったり来たりすれば必要なものはたいがいそろう、はずだった。海岸よりの通りにはこの島唯一の映画館もあったが、今はレンタルビデオ店におされてカラオケボックスになっている。

ぼくがそこを通り抜けた時間は、ちょうど午前中の買い回りの時間だったと思う。しかし、買い物をするひとの姿はほとんど見られなかった。

「昔はにぎやかだったんだよ」

泊まった宿のおばさんに聞いた。たしかにそうだろう。最盛期で西之表市には三万人近くの人々が暮らしていたという。それが今では一万九千人あまりだ。人口が減れば、当然買い物客の数は減る。その上この二本の通りがひとつになる合流点に大型スーパーができた。駐車場もあり、店内をぐるっとまわれば必要なものはそろう。いわゆる「ストロー現象」というやつだ。客はどんどん吸い取られていく。

「仕方がないねえ。小さな店がつぶれていくのも。品揃えも、値段も、なかなか勝負にならないもの……」

おばさんは深いためいきをついた。

「お店だけじゃなくて、宿だっていっしょだよ。新しいホテルができたり、金のあるところは建てなおしたりだ。うちは昔のままだけど、名前だけホテルにしたんだ」

笑顔に力がなかった。ぼくが泊まった夜、十ある部屋は八つが空いていた。

「私もからだがきついから、そろそろ廃業しようかと思ってるんだ」

おばさんはもう一度ためいきをついた。
強い者だけが残っていくのは、仕方のないことなのだろうか。そして、さらに大きなスーパーが、この町に進出しようとしているらしい。この商店街ではもう反対運動も起こらないようだ。

「反対運動をやって、お客さんが商店にもどってきて、またここがにぎわうなら元気もでるけどねえ。もうだめなんじゃないかって、みんなあきらめ気分なんだよ」

おばさんは三度目に、ひときわ大きなためいきをついた。

「おもしろいよ」

居酒屋の前で出会ったおやじさんが、困ったような笑いを浮かべた。

「不景気になって、廃業する店が出だしたころからだよ。サラ金の支店とか、自動貸し出し機が島にできたのは。困ってるもんの足元を見るような商売だよ」

おやじさんの言うとおり、何軒かのサラ金の看板が肩を並べていた。

「ああいうところで金を借りるようになったら、終わりだが……」

おやじさんはいまいましそうにつぶやいた。
たしかにそうだ。サラ金で借りるのは、ほとんどの場合が生活費だ。商売の資金とちがい、生活費は金を生まない。返すあてのない借金で、返すのがとてもしんどい借金だ。しかし、借らざるを得ない。

国や地方の行政は、基盤の整備だといって、ほとんどだれも通らないところに道を敷いたり、必要のないダムをつくったり、使い道のない人工島をつくったり、自然を破壊するための万博なんかに、莫大な金をつぎ込んでいる。地方の小さな商店街を繁盛させるというのは、暮らしの基盤をつくるということにならないのだろうか。だが、そういうことは民間にまかせて(そういうことにはあまり金を使わずに)、大きなスーパーやショッピングセンターを、あるいは大きな工場を田んぼの真ん中に誘致して、そこにつながる道を敷く。「自由主義」と呼ばれる資本主義は、行政までが強い者だけが残るための手助けをするようだ。

今この時に、おばさんとおなじためいきをついているひとは、数え切れないくらいいるだろうなと思った。小さいもの、弱いものに対する、大きなもの、強いものの収奪。地方に対する都市、中央の収奪。

本土から離れた島の、一キロにも満たない商店街に、この国の実像がはっきりと浮かび上がっていた。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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