24)2:温かいきず
 
 

おなじ雨降りでも、昨日とちがうのは風向きだった。
昨日はやや南よりの西風だった。そのせいか少しばかり暖かかった。もちろん土地のひとは「寒い」と震え上がっていたが、京都でながく暮らしてきたぼくにはとても暖かかった。一月だというのにフリース一枚で歩いていた。その下はTシャツ一枚だけ。京都なら、これからが一年でいちばん寒い季節になる。何重にも重ね着をしないと凍えてしまう。
が、きょうは北西の風が強い。大陸から東シナ海を越えて吹きつける風だ。さすがに雨も冷たくて寒い。傘を借りてきて正解だった。

歴史民俗資料館は、宿から歩いて十分ほどのところにあった。数日前、サトウキビの刈り入れを見せてくれたおじさんが、ボランティアでそこに勤めていると聞いていた。曜日は忘れたが、会えなくてもともとだから寄ってみようと思ったのだ。彼は農業のかたわら郷土史について詳しく調べていた。ぼくにも種子島の歴史、それも中種子の歴史や風土について詳しく話してくれた。町の教育委員会から地域の歴史の編集を委嘱されるくらいだから、きれいなだけのガイドブックを読んでいるよりはるかにおもしろいし勉強になる。

だけど、ぼくにとっていちばん興味深かったのは、おじさんの戦争体験だった。開拓団の一員として満州に渡り、敗戦とともに命辛々日本にもどってきたそうだ。もともと小さな農家だったから、土地ともども家は長男が引き継ぐ。彼は長男ではなかったから、満州に新天地を求めたのだ。ひろい大陸で大きな夢を描こうとしたんだ。そういうひとは多かったという。満州は永遠に自分たちのものだと、あたりまえのように思っていた日本人がほとんどだったんだ。

日本にもどってからも苦労の連続だった。故郷にいたのでは仕事にならない。食べていけないのだ。おじさんは大阪に出た。だけどやっぱり、故郷がよかったんだ。おじさんは種子島にもどり、結婚し、小さな家を建てる。そしてわずかの土地にサトウキビを植える。それから五十年がたった。その間に子どもたちが生まれ、育ち、そして島を出ていった。
おじさん夫婦は今もその家で暮らしている。夫婦二人きりの暮らしが、この先もずっと続くのだ。はじめておじさんの家を訪ねた日も、冷たい雨が降っていた。

もし、おじさんにひきとめられたら、もう一日ここで泊まろうかなと考えていた。でも、おじさんに会えなかったらそのまま歩く。そう決めて歴史民俗資料館に入った。

残念ながらおじさんは休みの日だった。やっぱり歩けということだな。二十キロだとしても、五時間ほど歩けばたどりつく。あわてずにゆっくり歩こうと決める。さしあたり資料館をゆっくりみてまわることにした。
二階建てのこの資料館は、そんなにひろくないが種子島の普通のひとたちの暮らしがぎっしりつまっていた。

入館料の百七十五円を払って、入ってすぐに丸木舟が目についた。帆がかけられている。こんな小さな船でどこまで行ったのだろう。展示室に入る手前に、シンギと呼ばれる大がかりな装置がおかれている。馬に棒を引っ張らせて、歯車のような車を回転させサトウキビを圧搾する装置だ。奄美や沖縄では牛に引っ張らせる。たしか奄美では「さたぐんま」と呼ばれているはずだ。展示用に復元したものではなく、昔、実際に使われていたものが展示されていた。馬の息づかいが聞こえてきそうだ。展示室には大正から昭和初期にかけての農家が再現されていた。再現といっても、古い家を解体して部屋の中に建てなおしたという感じだ。すべてだれかに使われていたものばかりなんだろう。古ぼけて埃だらけになっていたり、きずだらけになった道具がならべられている。手垢で汚れているものもだ。だけど、きずや汚れは、かつて暮らしのなかにあったという印だ。なんとなく温かさが伝わってくる。

台所の棚の上に、陶製の組重、四段重ねのお重を見つけた。「木峰」という筆文字。そして老松とつがいの鶴。見覚えがあった。子どものころ、ぼくの家で使っていたものとおなじものだ。懐かしいなあ。いつもはどこにかたづけてあるのか知らないが、母親は今でも正月になると、引っぱり出してきてお節料理を詰めているにちがいない。こんな遠いところで目にするとは思わなかった。

ふと、西之表の鉄砲館のことを思い出した。この資料館に比べるとずっと立派だし、きれいにディスプレイされている。スライドやビデオ、人形を使ったジオラマをうまく利用して、楽しく見てまわれるようになっている。だけど、いい悪いは別にして、ぼくはこちらの資料館の方が好きだ。ならべられた道具を使って暮らしていたひとたちの思い、あるいは苦労してそれらを集めたひとたちの思い、さらにはあのおじさんのようにボランティアで運営するひとたちの思いが、展示室の真ん中に立っているだけで伝わってきそうなんだ。

「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
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