24)4:道づくり
 
 

市街地を出てから一時間、まっすぐな長い下り坂だ。南種子一帯が見渡せた。宇宙センターのロケット発射台が小さく見えている。相当な距離があるのに見えているということは、かなり大きな建物だということだ。のどかな田園風景の中に突然現れる巨大な建造物。宇宙開発にこの種子島の浮沈がかかっているというようなことを言うひとがいるが、どうしてあんな味気ない建造物に未来の象徴を求めるんだろう。目の前にひろがる青々としたサトウキビ畑には可能性は求められないのだろうか。

坂を下りきると車の墓場があった。道路沿いの空き地に廃車になった車がうず高く積み上げられていた。この車たちはこの先、どうなるのだろう。ひとはなにに対してもそうだけれど、いらなくなればなんでも簡単に、あたりまえのように捨てる。この国のひとたちはそれがとても得意なようだ。
車検のたびに新車に乗り換えるなんていうひとは、よその国ではまれだ。日本人にとって車って、移動のための道具であるだけじゃなくて、資産なんだ。だから資産が目減りする前に、新しいものに持ちかえる。そうすることで価値を維持しようとするんだ。ぼくの友人に、車には徹底的に乗るというひとがいる。何台か持っているなかで、いちばん古いものはもう二十五年以上乗っているという。彼は、車をとても丁寧に扱う。自分で整備もし、簡単な修理なら部品を取り寄せて自分でやってしまう。そんな彼に言わせると、二十年以上大切に乗った車は、どんな車でもかえって価値のでるものだと笑っていた。だが、十年以上おなじ車を乗り続けるひとはほんとうにまれだ。廃車の山のなかに、五年ほど前に出たばかりの車を見つけた。
そこから十分ほど歩いたところに、大きな看板が立っていた。

古来より未来へつづく道づくり

そう大書され、立切遺跡、矢止石、日本一の大ソテツ、ロケットなどのイラストが描かれている。そしてその真ん中を道路が一本。道路工事をアピールする行政と施工業者が建てた看板だ。
最近いろんなところで話題になる公共事業だ。

この道はほんとうに未来に続いているのだろうか。もし続いているとしたら、それはだれの未来なのだろうか。大切にしてきた耕地を削って道路をひろげる。大勢のひとを幸せにする道路ならいいのにと思ってしまった。
集落に入った。今まで通りすぎてきた集落とは雰囲気がちがい、国道の両側の家並みは、すべて新たに建て替えられたものだった。一歩通りを入ると、古い家が建っている。道路の拡幅工事のお陰だろう。

焼酎の蔵元があった。新築の倉に、引き戸だけは古い。取り壊した古い倉から引き戸だけをはずし、もってきたんだ。すべてを新しくしたのでは味がないと考えたのだろう。

道路の真ん中で大きな猫がはねられて倒れていた。いずれ保健所か清掃係かが始末しにくるのだろうが、それまでに何度もタイヤに踏まれ、ぺしゃんこになるにちがいない。ぼくは彼の骸を道路の端っこまで引きずっていった。道路にひとが倒れていたらもちろん大騒ぎになる(はずだ)。が、それが猫なら、ゴミだ。汚がり、気持ち悪がるひとはいるが、手を合わせるひとはまれだ。ぼくはしばらく彼の骸をじっと見ていた。
視線を上げると、大きな石碑が建っていた。

熱き心で学べ

中学校だ。種子島にかぎらず、鹿児島は教育熱心なところだ。学校や、学校のまわりには、いろんな標語が掲げられている。

子どもたちが信じられないんだな、と思ってしまう。子どもだってがんばっているのに、その上がんばれがんばれと追い立てられたらどうなるだろう。

「うるさいっ! 言われなくてもがんばってるよ」

そんなふうに言ってみたくならないだろうか。大人は、子どもたちがちゃんと(大人の思いどおりに)育つように、いっしょうけんめい道を敷いているんだろう。だが、そんな道、子どもたちはほんとうに歩きたいと思っているのだろうか。

毎日この石碑の前を通る子どもたちは、この碑文をどんな思いで眺めているのだろう。


「種子島へ 拒めない海」2000年6月刊 再海社
(C)SHIMIZU Tetsuo,2002 無断複写、無断転載を禁じます


 
  「種子島へ」INDEX go to home back next
+++ copyrights GOHYAH-DAISUKI 2002 All Rights Reserved +++