南ぬ風(ふぇーぬかじ)
 
  (9)セーイカ

船の波しぶきを知らないうちに吸い込んだ衣服がじとーっと体にまとわり付く。潮の湿り気が重く感じた。だんだんと寒さで体が震えてきた。出港前、Tさんがカッパの有無を尋ねた理由がよくわかった。

気温はたぶん15度前後だっただろう。日は上り切らず、朝焼けの海はまだ冷たい色をしていた。冬の風は冷えてきた僕の体に容赦なく吹き付けた。ポイントに着いたTさんは船を停めると、仕掛けを海に投入し始めた。

セーイカは水深500-600。の深海にすむ。和名はソデイカ。刺し身にすると1匹で100人分はとれると言われている大型の水産物だ。Tさんのポイントはパヤオ周辺に数十カ所あった。ワイヤーの先に集魚灯付きの疑似餌を20個ほど付けた仕掛けを、手際良く次々と沈めていく。仕掛けを沈めた目印として、黒い三角の旗を付けたブイを浮かせた。

広い海原で、旗は肉眼では見えない。各ポイントを順繰り巡りながら双眼鏡で別のポイントの様子を観察。アタリを確認したら急行し、モーター付きの巨大なリールで一気に獲物を引き上げる。

船は航行中に比べ、停まると大きく揺れた。一人で甲斐甲斐しく働くTさんを尻目に手伝いもできず、僕は寒さと大揺れの恐怖に情けなく震えていた。孤独で危険できつい作業。これを毎日やるなんて、自分にはとうてい無理に思えた。スーパーで何気なく購入する魚は、海人のこんな労苦の結晶なんだなと思うとTさんに頭が下がる思いがした。

仕掛けをすべて投入し終えたころ、日は水平線からだいぶ上がっていた。潮で白く曇った眼鏡の向こうでまぶしく輝く太陽は体も心も優しく温めてくれた。

ようやく寒さから解放されたと思ったら、今度は猛烈な船酔いに襲われた。僕は船尾にしがみついて吐きまくった。昨夜の貝も刺し身も牛汁も、未消化のまま海に流した。吐いて吐いて吐きまくった。

とても写真を撮るどころではない。最後は吐くものが無くなって、黄色い胆汁をまき散らし、船体にしがみ付き、うなだれっ放しだった。

漁船同士の漁況を知らせ合う漁業無線が操舵室の上のスピーカーからがんがん聞こえていた。船酔いの頭に響いてこれは結構つらかった。ポイントでリールを巻いていたTさんの動きがあわただしくなってきた。どうやら獲物がかかったらしい。

ウイーンウイーンとモーター音を響かせ、リールは快活に道糸を巻き上げた。モーターが止まった。Tさんはギャフを手に船べりへと急いだ。

「大きいよ」。日焼けした顔がほころんだ。Tさんは慎重に道糸を手繰り寄せた。すると、水面に白い魚影がぼんやりと浮かんできた。外洋の透明な海水が焦茶色の墨で濁った。Tさんは左手で道糸を操りながらギャフを素早くこの日最初の獲物の頭部へ打ち込んだ。

セーイカを初めて見た。それは1。以上もある大きな物だった。重さは20「を超えていただろう。これまで、シャリの上にのった白い寿司ネタか刺し身しか見たことがなかった。ベテラン海人の手で引き揚げられた獲物は、朝日に茶色く照り輝いていた。Tさんによるとこの個体はかなり大物らしい。イカは往生際に墨を大量に吐き散らして抵抗を試みたが、意外とあっけなく息絶えた。

休む間もなくTさんは捕れたばかりのセーイカを船上で解体にかかった。商品価値があるのは上部の三角形をしている部分。ゲソは買い叩かれ、薫製などにされる。

Tさんは、小刀を巧みに切り込んで、みるみるうちにイカを解体していった。船は相変わらず大きく揺れていた。解体作業の息つくひまもなく、船を次のポイントへと走らせた。そしてまた獲物がかかった。Tさんの奮闘は際限なく続いた。僕も何とか船酔いから立ち直り、引き揚げた仕掛けを回収し、船底に並べる作業を手伝った。

夕方の6時すぎ、船は帰港した。桟橋ではおじさんたちが缶に火をくべ、僕たちの帰りを待っていた。

この日の収穫はセーイカ20匹に小型のイソマグロが5匹。「20匹も上がれば大漁だよ」とTさんは満足そうに微笑んだ。

セーイカからくり抜いた目玉は直径5ほどもあった。これを細かくきざんで、フライパンで焼いた。新鮮なマグロの刺し身も並んで、また酒盛りが始まった。

ひと仕事終えたTさんは泡盛をおいしそうに口へ運んでいた。桟橋の仲間たちと漁の話で盛り上がった。もちろん、海上での僕の醜態も肴にされた。

運転して帰らなければならなかった僕は酒を控えた。Tさんからセーイカの切り身をたくさんもらって帰った。

それにしてもくたびれた。部屋に着き、ベッドに倒れ込むと、そのまま眠りこけてしまいそうだった。けれど、この日捕れたセーイカをぜひとも味わいたくて、ビールの栓を開けた。乳白色の刺し身は、かみしめるほど格別に甘かった。

 
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