南ぬ風(ふぇーぬかじ)
 
  (10)おきなわ大衆食堂

 沖縄に移り住んで間もなく、大衆食堂の本を作る仕事をした。地元のタウン情報誌の別冊。ドライブなどに気軽に持って行けるよう11センチ×16センチのコンパクトな装丁で、100軒余りの食堂が掲載してある。このようなミニサイズのお店本の売れ行きは好調で、僕がかかわった本もたちまち売り切れた。沖縄そば、パスタと立て続けにグルメ本の取材を担当した。

 僕自身は、食い道楽のタイプではない。本当においしいものの良さぐらいは分かっているつもりだが、食に対してさほど固執しているわけではない。出るもの何でも拒まず、たいらげる方だ。どちらかといえば苦手な分野だが、糊口をしのぐためには何でもやらねばならない。カメラと併せてライターもやった。紙数は短かったが、取材した料理について色々とうんちくを傾けねばならず、結構苦労した。

 沖縄そばやパスタの取材は、店側も取材慣れしていて手際が良く、割とスムーズに行えた。本土の旅行雑誌などを含めて、この手の取材が結構あるらしい。撮影用に味付けなしで料理を差し出す店も数軒あった。対照的に「大衆食堂」の方は、警戒心が強く、取材拒否の店が少なからずあったのが気になった。

 何でも、ライター(カメラマンを兼ねるケースが多い)は、写真だけ撮って、ろくすっぽ話も聞かずに帰ることがよくあるのだとか。話しもしないことを憶測で記事にされたと憤る店主がいた。また、本土の某有名旅行誌の場合、無料の取材を臭わせておいて、後で「広告料」として数万円を請求されたという。これらの苦い経験がガードの堅さにつながっているのだなあと納得した。僕自身、誠意を持って取材する事で食堂側の不安を解消しようと努めた。

 沖縄の食堂は面白い。総体的にメニューは多いし、盛りも半端じゃない。おまけに値段も安いときている。ある店など、これでもかという量に比べ、破格の値段だったので、思わず「これで商売成り立ちますか」と不躾な質問をしてしまった。店主は「大丈夫さぁ」と笑顔で答えていたが、数カ月後、その店はつぶれていた。いくらサービス精神旺盛でも、やはり節度をわきまえないと経営は成り立たないだろう。でも、この大ざっぱすぎるところこそがまた、沖縄らしさでもある。

 家庭的な雰囲気が売りの沖縄大衆食堂だが、サービス過剰が客のわがままを助長することも。50種近いメニューを掲げる食堂の親父がぼやいていた。何でも、「なーべらー(へちま)の味噌炒め」を注文した一見客が「塩味にしてくれ」と頼んだらしい。「メニューをご覧の通りうちは『味噌炒め』なんですけど…」と親父が困惑すると、「うちではなーべらーは塩で炒めて食べるから」と、客は漫画本に視線を落としながらそっけない。「むかついたけど、しょうがないから作ったさぁ」と店主。「薄味にしてくれとか、肉を少なめにとかなら時々あるんだけど、あれには参ったさぁ。家で食べればいいのによぉ」と頭を掻いていた。もっとも、客のわがままに困りながらも、おおらかにそれを受け入れていくあたりがメニューの大増殖につながっているのじゃなかろうか。

 ともかく、沖縄の大衆食堂は愛すべき存在だ。沖縄でも数年前から本土資本のファミリーレストランが次々に営業を始めた。若い家族などは、それらおしゃれな店になびく傾向がある。けれど、たしかに値段は安いが、冷凍食品やレンジで温め、器に盛っただけの料理に気づいたうちなーんちゅは、再び大衆食堂へと回帰してもいるように思える。何よりファミリーレストランには生活の香りがしない。

 昼下がり、那覇のとある古い大衆食堂の横を通った。羽目板の朽ち木には「ゴーヤーちゃんぷるーで一杯」と、だいぶ色あせた古いポスターの中でビアジョッキを掲げた中山美穂が微笑んでいる。つい、ふらふら〜っとのれんに引き込まれ、「おばさーん、ゴーヤーちゃんぷるー!」と、たまらず注文している自分がいた。強烈な太陽光線から逃れ、大衆食堂で飲む昼間のビールがまた何とも言えずのどごしに壮快だ。すっかり癖になってしまった。困ったもんだ…。

 
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